先輩のお寺で

お世話になります。ご迷惑をおかけしてます施餓鬼供養の件ですが。
実は、昨年からそして今年の節分から急に神仏への思いが変わりまして。師匠寺への奉公と修行をやめておりました。そうさせる気持ちになった出来事はありますが、それでもやめる事への戸惑いがありました。

そんな時に、お釈迦様のお話をたまたま読みました。お釈迦様が修行をやめる悟りの話です。どれだけ苦行をしても、どれだけその苦行で偉くなったとしても、傲慢で偉くなった地位を求めてしまう人物に変わってしまう、など。重ねたら重ねるほど、人よりも偉いと思う自分の傲慢さに気づかなくなる、そんな方々をみてきました。今もテレビでもよくみますよね、議員さんや知事さんなど。結局、相手を小馬鹿にするために、修行を達成している昨今の人の世界を感じます。

この悟りで、お釈迦様は人の世界で過ごす難しさを説いたと諸説あります。私事でその時に途中で終える事、周囲へのイメージ、忖度しながら仲間に合わせる環境など。戸惑いましたが、この悟りでやめようと思いました。

そんな中、先輩と行者仲間が新しく活動をしているからとお誘いを頂きました。その集いや法要につい最近、呼ばれました。そこには、苦行を越えた本来の祈りをお伝えする様な気持ちになりました。

誰にも忖度なく、目の前に派閥の方も居られなく、ただその供養に導かれる神仏の波長だけに集中出来て、、、これなんよ!これがしたかったみたいな笑。逆にやめさせてくれないんだよね笑。

そして、昨日先輩に施餓鬼供養をお願い出来ないかと相談しましたら、いいよ~って簡単に返事を頂きました。先輩が任されているお寺は、昭和51年に火災で本堂はなくなりました。その敷地に、平屋の公民館的な建物に千手観音様とお不動さん、弘法大師空海さんが奉られてます。ここをお借りして、施餓鬼供養、水子供養法要が行える事になりました。

施餓鬼供養は、お盆前後のイメージが強くありますが。実はいつでも大丈夫なんです。お盆前後と言うのは、イメージしやすさから定着した時期です。成仏していない先祖や家に住んでる霊的な存在に供養するタイミングは、ホントは人それぞれなんですね。今回は、来月のお彼岸にあたる3日間の1日を予定してます。お二人のお坊さんの日程が来月始めには分かるので、またご連絡致します。この記事をお読みになられた時点で、ご依頼下さっても構いませんので、ご連絡お待ちしております。

3年間のご依頼内容は保存してます。金額は昨年と同じです。ご参加も可能です。場所は生駒郡です。また詳細は追ってご連絡致します。昨日も先輩のお寺で、一心に唱えて来ました。今日も皆さんの家内安全、交通安全、身体健康、心願成就等、祈ります。

合掌。。。

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