ダムの洪水対処能力倍増へ 八ツ場80個分 菅氏主導 AI活用、事前放流を拡大

2020/02/07 00:30 日経速報ニュース 1461文字
 政府は台風などによる洪水被害への対処能力を倍増させる。降雨量を精緻に予測し、事前にダムの水位を減らすしくみをつくる。従来はダムの新増設に巨額の費用と時間を費やしていたが、既存インフラや人工知能(AI)を有効活用して効率を高める。ソフト重視で旧来型の公共事業のあり方を見直す契機となる。
 菅義偉官房長官が「既存ダムを最大限活用した新たな運用を開始する」と指示したのを受け、政府内で対応策を練ってきた。関係省庁やダムを所有する電力会社などとの調整を進めており、今夏にも降雨を一時的にダムにため込む洪水調節容量を現在の2倍に増やすメドをつけた。
 全国に稼働するダムは計1460カ所あり、実質的な貯水量を示す有効貯水容量は約180億立方メートルある。大雨のときに貯水できる洪水調節容量はこのうち約3割(約54億立方メートル)にとどまっていたが、新たに約50億立方メートルが確保できる見込みだ。今年3月に完成する八ツ場ダムの洪水調節容量(6500万立方メートル)の約80倍にあたる。
 2019年に日本列島を襲った台風19号は関東や東北で大雨をもたらし、5県6カ所のダムで決壊を防ぐための緊急放流をした。緊急放流は下流の河川を氾濫させるリスクを高める。対処能力の強化が課題となっていた。
 政府は事前放流に着目している。群馬県の草木ダムは台風19号の際、洪水を予測し、事前に有効貯水容量の約3割にあたる約1500万立方メートルを放流した。検証の結果、事前放流がなければ緊急放流せざるを得なかったことが明らかになった。
 18年の西日本豪雨では、愛媛県の野村ダムなどの緊急放流によって死者が出たとして遺族らが訴訟を起こした。
 政府はこうした教訓を生かし、事前放流の効果を高めるためAIで精緻化した気象庁の予測システムを活用する。メソモデル、全球モデルと呼ばれる予報を基に、今年6月から大雨が予想される1~3日前にダムの水位を下げるしくみを設ける。予測システムの精度向上に向けた開発も続ける。
 従来、治水に使ってこなかった利水ダムも生かす。水力発電や農業、上下水道などに使う利水ダムの多くは電力会社や地方自治体が管理する。水位をいったん下げると、排出に使う管などが損傷したりする恐れがあるとして十分に活用できていなかった。
 今後は国土交通省がダムの管理者と5月までに協定を結ぶ。排出能力を高める配管の増強や設備が壊れた場合の補修費用などは国が負担し、降雨の予想に応じた水量の操作に協力を求める。
 ダムは30~50年と言われる工期や費用が課題となる。群馬県の八ツ場ダムは1952年に調査に着手し、地元の対立や政権交代による事業中断などで完成まで約70年を要した。事業費も総額5000億円を費やした。
 完成したダムも縦割り行政で十分機能を生かせていなかった。現行法には国が事前放流を管理者に指示できる規定があるが、発動実績はない。発電や農業用水ごとの目的により経済産業省や農林水産省に所管が分かれ、治水を担う国交省が洪水防止の協力を得られなかったためだ。
 菅氏が昨年末、洪水調節容量を2倍に増やす方針を関係省庁に伝えた。
国交省を除く多くの省庁は「業界の理解が得られない」など慎重な姿勢を示していたという。
 AI技術や既存インフラの活用は今後の災害インフラ整備のカギとなる。政府は18~20年度の3カ年に国土強靱(きょうじん)化のための費用に計7兆円を投じる計画を策定済みだ。新たなインフラ整備をどう効率化するかは、21年度予算編成の焦点となる。

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