頭は不器用

力量が足りないのではない。意思が足りないのだ。

フォロワー数はまだ897人か、900人まであと3人足りない。悶々とツイッターを睨んでいたら、昨日描いたイラストがいいねされた通知が来た。ちょっと嬉しい。これで384いいねだ。
けどコイツ、僕の絵をいいねはしたくせにリツイートはしてないじゃないか。拡散するほどいい絵じゃないってこと? もうちょっとで400いいねに届くのに、ムカつく。僕のアカウントのフォローもしてくれてないし。この人自身はたったの36フォロワーだからここから拡散されても大して意味はないだろうけどさ。
僕は渋々ツイッターのフォロワー数と睨めっこするのを止めてペンタブを手に取った。
……ああ、何描こうかな。
とりあえず数字が取れそうな人気キャラ……誰が良いかな、NELはこの間描いたしICGにしようかな。構図はどうしよう、どんなポーズもしっくりこない。はっきり言うとコレが描きたいとか表現したい何かなんてものは特に無い。バストアップだけで良いかなもう、いや顔だけのイラストばっかり上げて顔絵師だなんて叩かれたら嫌だな、何かウケそうないいネタあったかな。
ため息が溢れる。絵を描くのは面倒くさい。実のところラフのおかしな所を見つけて修正するのも綺麗に線画を描くのも色を塗る作業も背景を描くのも全部好きじゃない。
何よりも絵を描くという一連の流れで何をどう描くか考える今この瞬間が1番嫌いだ。
このクソ面倒くさい作業もひっくるめて絵を描くのが好き! とかなんとかネットでアピールする奴は僕も含めて多分全員嘘つきだ。本気で言ってる奴が紛れていたらそれはきっとじきに飽きるなりして近いうちにその言葉が嘘になるだろう初心者か、真のエリート狂人だ。
僕はどうして絵なんて描いてるんだろう。
クッキー☆のキャラクターは確かに可愛いと思っているしそれなりに好きなはずだが、それだけだ。正直皆に褒められたいから以外の理由が思いつかなかった。他にやりたい事もないし。
今までもよくもまあこんなに沢山描いてたよ、自分でも驚愕する。よくやるよ。
まして昔クッキー☆を知る前に誰にも褒められないどころか見られもしないオリジナル漫画を描いていた時の活力は一体何だったんだろう? ずっと絵を描く作業は嫌いだった記憶があるのに我ながら不気味だ。僕も昔はエリート狂人だったのかな。
せっかく頑張って一生懸命描いてたはずなのに、オリジナルなんて本当に誰にも褒めてもらえないことに心が折れてクッキー☆でしか描かなくなっちゃったけど。頬杖をついたら適当に積み上げていた課題のプリントか何かがバサっと床に落ちた。無視してまたツイッターのフォロワー数を確認したものの何の通知も無かった。クソがよ。

真っ白なキャンパスをじっと見ていると、己の空っぽさを誰かに責められているみたいで嫌な気持ちになってくる。母親の息子、そう高くない偏差値の高校の2年3組。インターネットを抜きにしたら僕が何者かを説明する言葉はたったこれだけで終わる。
小さい頃は食べ物の好き嫌いはし放題で学校のテストは何の勉強もしなくても常に100点を取れたし、何より絵を描けばみんなが上手だねすごいねと褒めてくれたのに、気がつけばピーマンを皿の隅に避けたら高校生にもなって恥ずかしいと苦言を呈されテストの点数はみるみる落ちて、絵を描いても誰にも褒められなくなった。美術部には同じ学年で僕よりもずっと上手な絵を描いて賞まで取る人が何人もいた。
僕はずっと僕のままなのに、皆が勝手に僕のことを置いて何処かに進んでいく。お前も努力すれば良い? 分かってんだよそんな正論は。何度も何度もいいよもう、出来ないんだもん……面倒くさくて、僕には無理だった。
クッキー☆の絵を描くのは僕が僕のままで昔の楽しい世界に戻れたようで居心地が良かった。己らしい適当な絵を描くたけで皆が見て褒めてくれる。その度に、その数字が僕がこのまま生きていて良いことを保証してくれているように思えてならなかった。
お前はダメだと追い詰めてくる家族や担任や周囲から一時的でも逃げられたような気がして、ただただ救われた気分だった。キャラクターもなんだかんだで好きだし。
最初はそれだけのはずだった。
フォロワー数が898人に増えている、新しい絵のいいねの数字も増えている。たったこれだけか、と真っ先に思う自分がいる。
ついついひたすらツイッターの他の絵師と自分を見比べてしまう。コイツには絵でも数字でも勝ってる、アイツにも勝ってる。マイナーな変なキャラばっかり描いてるからだ。
あっでもこの絵、僕よりも下手なのに伸びててムカつくな。僕の絵にいつもコメントまで残してくれる奴らも普段僕には反応しない奴らも、色んな人が反応してるのがさらに苛立つ。
可愛い? え、どの辺りが? クッキー☆のキャラが描かれている絵なら何でもいいのか? こんな手抜きのヘッタクソで色も塗らない棒立ちの鉛筆落書きをみんな具体的にどう良いと思ってるんだ? 僕の絵の方が圧倒的に良いだろう。……同じように見えるのか? 何も変わらないって言うのか?

結局クリスタなんて早々に真っ白なまま放置してツイッターばっかり見ていたが、なんだか余計に絵を描く気分じゃなくなって固い椅子から離れて布団に潜ってスマホを弄りだす。
昔はこうやってキャンパスを放り出すたびにせっかくお年玉はたいて買ったのになと後ろ髪を引かれていたが、今は全くどうでもよくなった。
そうして無為に時間を溶かしていると
母から夕飯が出来たと呼ばれた。生返事。
いつもの通り小言を言われる。いつ見ても汚い部屋ね課題もちゃんとやってないでしょう試験も近いのに勉強もしない家事もしないでパソコンいじるかダラダラしてばっかりで……。母の猛攻に何も言えず俯いてただ生姜焼きをつつく。肉は硬くて味がしない。
別に僕の部屋にいくらプリントが散らばってようと関係ないだろ、多分どれも探せばあるんだからさ。試験勉強も家事も僕にとってはどうでもいいしやりたくないし。なんて脳内をこの剣幕の相手に言葉にできるはずもなくまた無言で生姜焼きをつつく。こっちは脂身ばっかりだった。まず。
母の説教はまだまだ続く。ウチは片親で余裕もないの、けど貴方だけはちゃんと勉強していい大学に行って立派な大人になって欲しいから、お母さんはずっと働いてうんと節約してるのに貴方ときたらこんなていたらくで……。頼んでないのに、立派な大人にしてくれなんて。一方的に勝手に暴走しないでよ。いつものことだけどさあ。
「ウチはあなたをずっと養えるほどのお金なんて無いのよ、何を考えてるの? 将来はどうする気なの?」
「イラストレーターか漫画家になるから」
誰かの半ば逆ギレのような声がした、と思ったがこれは僕の声だ。普段こういうシーンでは頭の中でだけぐらぐらと母への反論か言い訳か謝罪ともつかない何かが浮かんでは消えているだけなのに。自分でも何が原因か分からないが自然と大きな声が出てきてちょっとビックリしている。
母はそんな安定しない人気商売でやっていく気だなんて人生に対する見通しが甘いんじゃないかしら、そもそもあなたそんなに食べていけるほど上手に絵が描けるの? と多分こんなことを言ってくるだろうなと予測していたものと全く同じことを言ってきて心の中で笑ってしまう。
「お母さんは知らないだろうけど、僕はネットじゃ絵を上げたら何千人何万人に見られてるくらいには既に人気があるんだよ」
食べていけるのかという問いに関しては現状じゃどう足掻いても無理なことは言えなかったけど。それでも、ネットの数字自体は本物だ。
「何も知らない癖に、いつも勝手に人のことを何も出来ない役立たずだって決めつけるのもいい加減にしてよ」
また大きな声が出る。説教は適当に小さくこもってやり過ごす台風だと思っていたが、今回だけは言い返してやりたい衝動があった。
……そこまで言うなら好きにすれば、漫画賞でも何でも出してみたら。
母の声が諦めなのか侮蔑なのか期待なのかは僕にはよく分からなかった。

我ながら結構な啖呵を切ったものだ。売り言葉に買い言葉的なモチベーションだが、いいさ超絶に面白いオリジナル漫画でも描いて大賞を取って商業誌で堂々連載されてやろうじゃないか。そうだ正直なところこの部屋は散らかり放題だし勉強はしないし家事も手伝わないのも嘘じゃない。けど、僕がネット上では結構な人気絵師なのも真実だ。
漫画ならオリジナルでもクッキー☆でも何作か描いたことがある。きっとできる。
とは言ったものの、プロットが全く思い浮かばない。いつも僕はこの0から1を生み出す過程で詰まりがちだ。そもそもパソコンの前に座って電源を立ち上げるのがとにかく億劫で仕方がない。その後も具体的に何を作るか思い浮かばなくてただ悶々と考えても考えても良さそうなものは何も浮かばずに
何の成果物も生まれないことに飽きて、クリスタから離れてくだらないネットサーフィンに逃げている、だから僕の進捗は遅いのだ。
まあ実際自分の理想の作品を世に表現したいというよりも、なんらかの良い作品を作った自分になりたいなんて力で動いてるんだから仕方のないことでもあるけども。
作品全体の方向性さえ決まってしまえば、あとはラフ線画塗りとなんだかんだで集中してサクサク作業を進めていけるのに。そもそも新人賞って何だよ。何かテーマの1つや2つくらい寄越してくれよ。
……いや本当に何も思い浮かばないな。母にはあんな虚勢を張ったのにもかかわらず今更やっぱり何も描けませんでしたは恥ずかしすぎるし、僕自身の未来のためにも何としてでも描きあげたいのに。
僕1人の頭だけで考えるのはあまりにもどん詰まりなので、何か参考にできないかと漫画本が詰まった本棚を眺めてみる。
ホラーは怖いの苦手だし僕の絵柄じゃ可愛らしすぎて無理だな、スポーツはどれもルールからして曖昧だし、ミステリーなんかもトリックだ何だを考えられる気がしない。美少女がキャッキャしているだけのほのぼの4コマは
何度も描いたことがあるから多分いけるな。いやけど同ジャンルのライバルも沢山いそうだし賞を取れるほど秀でた物を描けるかと言われるとやっぱり描く気になれない。
実際に昔自分が描いた漫画を見てみる。この頃は絵が下手でキャラの書き分けも髪型以外区別がつかず、なんだか話も客観的に見たら意味不明でよく分からない気がする。何を読者に伝えたいのか不明瞭だし地味だ。多分読んだ後3分も経てば内容忘れられてるかもな、こりゃ鳴かず飛ばずな訳だ。
僕って才能ないのかな。ちゃんと手は動かすし可能な限り丁寧には描くから、何をどう作れば良いかを教えてくれる人とか誰かいないかな。結局また考えるのを放り出してツイッターを覗いている。
いつの間にか1人フォロワーが増えている。もう1人増えればちょうど900人だ。
自己肯定感をなんとかしたくて、今までの絵や漫画がどれだけ拡散されているかチェックしてみる。うん、やっぱり才能がないなんて事はないだろう。多分このままやっていけばフォロワー1000人だって夢じゃない。僕には人気があるんだ。
というか、4月頃に描いた『アリス一派の姉妹事情』って我ながら良い作品なんじゃないかな、結構伸びてるし。可愛くてそれぞれキャラの立っている女の子が5人もいて、いい感じに百合や異能アクションやら殺し屋なんかのいかにもウケそうな要素が詰まっている。
……これ、なんとかアレンジして僕のオリジナルとして応募したらダメかな? 実際にこの漫画を描いたのは他でもない僕だし、やる夫スレの作品を別キャラにすげ替えて出版とかある話だし。
そうと決まれば話は早い。この漫画を再編して、より分かりやすく描き直してみる。いい感じな気がする。
いやでもどっかはアレンジしないとな、とりあえずキャラクターのカチューシャと服は黒にしてみるか。髪色は金からいじらない方が良いかな、何色にしても他の髪型にするのもしっくりこない。脳内イメージがクッキー☆キャラで固定されているから、それ以外はどうにも違和感がある。
名前もちょっとずつ変えよう、人数は5人のままで大丈夫かな、もう1人なんて僕1人じゃ作れないし……。
アレンジして元ネタが分からないくらいにはオリジナルに改変しなきゃと思いつつも、僕が元ネタに変更を加えるたびに漫画の魅力が削られていっているような気がする。僕が考える全てが新しい面白さを追加する改良ではなくて、今ある物を損なうだけの改悪に思える。
ICGは超能力者ロリ、JGNはクールなガンナー、HNSは腕から鎌を生やして……という元のキャラクターの魅力を超えられるものが作れない。どう考えても下手にいじるよりも、このままの方が圧倒的に魅力的で面白い漫画になるだろう。
そう考えだすと作品のクオリティアップに何ら繋がらない作業が嫌になってくる。というか考えるのも疲れた。

オリジナルにしてるんだかパクリを誤魔化してるんだか。よく分からない作業を投げ出して、ついインターネットでこの状況の免罪符にできそうな何かを検索してしまう。やっぱり資料をよく見て忠実に再現するのは大事だよね。二次創作のパロディの商業化って普通にある話だよね。商業でも別の作品のキャラをパクってるなんてあるあるだよね。他人の作品をインプットするのは大切だよね。自分の脳内だけに頼り切りの創作はつまんないよね。
……僕が1人で沢山試行錯誤して描いてきたどの漫画よりも、既にある凄い誰かが作り上げてきた人気がある作品の切り貼りの方が面白いんだよね。自分でもその通りだと思うよ。
昔キャラクターもストーリーも全部僕だけで一生懸命作り上げた漫画たちは、誰にも注目されることなくネットの片隅の塵芥になっている。
結局僕の脳みそなんてどこまでもちっぽけでつまらないんだ。あの少ない少ない数字と何にもない反応が限界だったのだ。
でも『イリア家の姉妹事情』は違う。もう既にほぼ同じ物を何千人の人が見てくれて何百人もの人が面白いと評価してくれたのだ。この漫画を描いたのは僕だ。
その後はただひたすらに人気の出たとおりにペン入れをしてトーンを貼ってカラーページの色を塗った。1を10にも100にも増やすだけの作業は退屈だけれど何かから逃げるように無心で進めていく。今まで描いた中で1番絵が綺麗で話も面白い漫画になった筈だ。
もう後は野となれ山となれと思いながらマンガイチに応募する。ただただ課題から解放された気分だった。何も考えたくなかった。

果たして『イリア家の姉妹事情』は入選も佳作も取れなかったが、いいね賞なる賞を獲得して、編集部からDMとAmazonギフト券5000円分が送られてきた。
まあそりゃいきなり入選とか大賞とかではないかとちょっとガッカリする気持ちもゼロではなかったが、漫画を商品として売って食っていく人間から僕は芽が出る可能性がある存在だと認められたことは僕の人生で1番嬉しい出来事かもしれない。
本当の賞金はアマギフとして送られてきたので実質全く関係ないお金だが、銀行から5000円札をおろして意味もなくニマニマと眺めてしまう。樋口一葉が僕に微笑みかけている。これが僕の漫画の価値だ、ゼロなんかじゃないんだ!

「……いや、僕のか?」
つい、声が出た。僕が1から作り出す物の価値が信じられなくて、勢いで二次創作のキャラクターを無理やり差し替えたというかちょっと変えただけの漫画なことは分かっている。いや、受賞できたってことはこれは編集部にとってはパクりではないという事なのか? それともバレてないだけなのか?
ていうか、クッキー☆厨にもバレたらどうしよう? 日々忙しく働くプロの編集部は例のアレだの淫夢だの、素人声優の動画や静画の界隈なんて知り得ないかもしれないが、クッキー☆が好きな人間には元ネタなんて全てお見通しだろう。
この賞はツイッターで応募する賞だから普段使っているクッキー☆の絵を上げるアカウントとは別の昔オリジナル漫画を描いていた時の物を使っているが、いつバレるかも時間の問題だろうか。胸のあたりがバクバクする。
さっきまでは優しい微笑みに見えていた樋口一葉の顔は今はなんだか冷ややかな目で僕を見ている気がする。
どうしよう、本当どうしよう? でも、せっかく人生で初めて取れた賞なのにアカウントを消して無かったことにするなんてしたくない。マンガイチにRTされて、何も知らないノンケが沢山この漫画を読んで褒めてくれている。注目されるのはやっぱり嬉しい。ひょっとしたらクッキー☆厨にはバレないんじゃないか? わりとマイナー寄りな賞ではあるし。
そうだ、別に僕はトレースとかはしていない。難しい銃だってフリー素材は参考にしたがトレパクなんてしていない。ALC一派も単に好きだったから参考にしただけだ。真っ白な状態からラフからペン入れトーンまで確かに僕1人の手でこのクリスタで描いた。
本当だ、信じてくれ。別にまだ誰も何も知らないし言ってもいないのに、脳内で言い訳がぐるぐると回り続ける。許してくれ。
樋口一葉は何も言わないけれど、なんだか見ていられなくなって封筒に入れて引き出しの隅に隠した。
ああ、僕の漫画のいいね数がまた増えている……。

何食わぬ顔をしていた2ヶ月後、クッキー☆界隈にバレた。正直もう斜陽な界隈だと思っていたが、中々に燃えていた。
「何がイリア家だよALC一派まんまじゃん」
「クッキー☆好き好き言ってるくせして金や知名度のための道具としか思ってなかったんだ」
「ネット上からシナリオと設定パクって商業誌に持ち込むって神経ヤバすぎだろ」
僕が想像していた100倍はキツいお言葉が沢山あって辛い。
多分何を言っても叩かれる気がして、どのコメントにも反論も謝罪もできなかった。ああ、フォロワー数が925人に増えている、900フォロワーになったら記念に絵でも描こうかと思っていたがこんなんじゃネットの世界に出せる気がしない。
「僕もよく忘れそうになるので、二次創作の人気を自分の人気と勘違いしないように気をつけようと改めて思った」
スマホを壁に投げつけそうになった。……うるせえよ、黙れよクソジジイが。
あんまり積極的に考えたいことじゃなかったけど。ずっと心のどこかでは痛いほど分かってたよ。クッキー☆の絵や漫画で生まれる数字は何もかも全て「クッキー☆の絵だから」でしかないなんてさあ。知ってるよそんなこと。僕自身には何の価値もないって。本当は目を逸らしていただけだよ。その通りだよ。
僕自身はどうしてこんな無価値になったんだろう?
努力しなかったから? 何の信念も無かったから? クッキー☆の世界を見つけてしまったから? なのに漫画家としての未来を夢見てパクりに手を出したから? 自分の創造力なんてカケラも信じられなかったから?
自分自身で心から直視してしまったからにはもう逃げられない。受賞できて嬉しかった気分なんて心のどこにも残っていなくて、ただただこんな他人が作った何かの借り物の切り貼りで得ようとした評価と数字への馬鹿馬鹿しさと虚しさが募るだけだ。受賞時に編集部が送ってきてくれたDMに書かれていた元ALC一派のキャラクター達に対する褒め言葉は、本来は全ての文字が僕に宛てた物でもなんでもなかったのだ。
でもクッキー☆を抜きにした僕なんてお前らにとってはどこにも居ないのと同じなんだろう、なあそうだろう。どうすれば良かったっていうんだ! この虚しさと馬鹿らしさと寂しさと後悔なんとかしてよ。僕が皆から褒められるためにはクッキー☆の絵しか無かったんだよ。助けてくれよ。お前らには分からないだろうけど、どうしても僕にはそれしか無かったんだよ。
それなのにそれは僕のものじゃないなんて言うなら僕はこの世で何ひとつ持っていない事になるじゃん。
こんな不器用な頭を持って生まれたからか?
何の努力もできず創作意欲も強い意思もなく有り物を真似るしかできない無能だと世界に糾弾されている。
……ああ、ただただ全てが虚しい。
僕は机の引き出しをそっと開けて5000円札を引っ張り出した。彼女がどんな顔をしているかもはや分からない。ただ涙が出てしょうがなかった。感情が湧き出ては暴れ回って頭の中の収束がつかなかった。
まず半分に乱暴に破く。さらに破く。めちゃくちゃに破く。元が5000円札なんて分からないように破く。
この僕じゃない誰か優れた他人の土地に他人が建てた家の部屋で他人が作った机の上で他人がデザインした服を着て。この部屋のどこにも僕自身の意思と力で手に入れたものなど何のひとつも無いのだ。どこにだって無いのだ。お札はもはや紙屑の塊になっている。小さな紙片をさらに割く。
「頭は器用じゃないんで作るものはネット動画の丸パクリ」
ふと頭に浮かんだそれは昔僕自身が自虐半分で描いた最後のオリジナル漫画のセリフだった。こんなに燃えても、誰も僕のオリジナル漫画なんて
読んでないだろうけど。
空っぽの部屋で、ただ溢れる僕の涙だけがきっと
僕自身が作り出したお粗末な感情なのだった。