📕どりかむ創世日記①~音飯開店から㈱どりかむ設立までの996日間~ #きんたの恋
■2009年3月22日(土) きんたの恋
<キッシュなアイツ>
土曜日の深夜に星きんた(26歳)が音飯にやってきた。店を始めるずっと前からこうすけがかわいがっている後輩だ。昔好きだった女の子と日曜日にこの店でデートをするのだ。それはきんたにとって初めて経験する異性との2人きりのデートだった。確実にモテるためわざわざ先輩にアドバイスを求めに来たのだ。
深夜の音飯はいつも混んでいた。きんたは臨時でこしらえた酒ケースの椅子に座りしばらくそこで飲んでいた。緊張のせいかすぐに酒に酔った様子だった。普段は人見知りなのだが、この日は飲みに来ていた顔見知りの女の子と話が盛り上がり、最終的に話題はきんたの恋愛話になった。
きんた「お、おれは、ナメクジ野郎です。ぜ、ぜったい、無理です。」
女の子「始まる前からそんなこと言わないでよ!ナヨナヨしないで!ほんとナメクジなっちゃうよ!」
きんた「で、でも俺、ナ、ナメクジ、嫌いじゃないです。」
女の子「はっ?何それ?」
きんたはわざと弱音を吐き、女の子に叱咤してもらうことで快感を得ているようだった。女の子はそれに気付かないまま不毛な相談にのってくれていた。
きんた「じ、実は、去年いちどふられました。そのあとも飯に誘ったら、2人きりでは会えないって、いわれました。そ、それでもがんばって、お願いし続けて、や、やっと、1年ぶりにあうんです。」
女の子「すごいじゃん、がんばんなよ!きんちゃんスケボーとか写真とかおもしろそうなことやってんだからそうゆうのもっとアピールしたら?」
きんた「あ、ありがとうございます!で、でも、彼女も写真が好きで、去年のクリスマス、おもちゃのカメラの、ホ、ホルガっていうのを、プレゼントしようとしたんですが、彼氏じゃない人からは、そうゆうのもらえないって、断られました。」
女の子「それ悲惨~!きんちゃんかわいそ~。」
女の子はやさしく相談にのり続けてくれた。朝が近づき夜が白み始める頃、きんたの様子は明らかにおかしかった。
きんた「も、もう俺、あしたのデート、キャ、キャンセルします。」
全員(女の子・こうすけ・僕)「え~~!」
女の子「急にどうしたの!?」
こうすけ「なんだよそれ!なんでだよ、理由いってみろよ!」
きんた「え、えっと、そ、その‥」
僕「もぞもぞしてないではっきりいえよ!」
きんた「い、いや、その‥」
きんたは答えをを濁している。その時、こうすけがあることに気づいた。もしかしてこいつ‥
こうすけ「おい、きんた。このやろう。」
きんた「あの、その‥」
こうすけ「好きになったのか?目の前の女の子のこと。」
きんた「え、ちょっと‥その、」
僕「おい!はっきりしろよ!」
こうすけ「いいから。怒んないからいってみろって、ほら。」
きんた「あの‥、はい。」
きんた「‥、好きになっちゃいました。」
きんた「あしたなんてどうでもいいです。好きです。」
女の子「えーーーーーーーー!?」
こうすけは、ふざけんな!とんでもない野郎だ!と大声を出した。絶対に怒らないと約束したのにもかかわらず激怒していた。唖然とする女の子。その場は騒然となってこの日の営業は終了した。
大丈夫かなのか、きんた。デートは明日にせまっている。
<キッシュな僕ら>
デートの日曜日を迎えて、きんたは何とか落ち着きを取り戻したようだった。自分の得意料理だというキッシュを好きな娘に食べさせたいという電話が彼からあったのは正午だった。深夜の淡い恋は陽の光と共に消えてしまったようだ。我々は昼下がりの3時半に音飯に集合する約束をした。
きんたは大遅刻をした。それが好きな娘に料理をつくる態度か!とこうすけに怒られながらきんたはキッシュを作り始めた。開店の準備をするにあたっては非常に邪魔な存在であったが、きんたは額に汗をにじませながら一心不乱に生地をこねている。
好きな娘に何か特別に食べさせたいものがあるか?とこうすけはきんたに尋ねる。彼はすぐにきんたを甘やかすのだ。きんたは迷わず寿司がいいですとリクエストをした。面倒くさいものを注文するもんだと思ったが、こうすけは快く引き受けていた。
好きな娘は時間通りにやってきた。こうすけが握った寿司は彼女に大好評だった。こうすけは過去に寿司屋で働いた経験があるのだ。きんたの顔を立てるためにずいぶんと奮発したネタを握っていた。キッシュはというと正直なところしょっぱすぎた。きんたの気持ちが強すぎたのだろう。それでも最終的に彼女は大満足して帰っていった。彼女と一緒に帰っていったきんたの顔つきも自信に溢れているようだった。キッシュはまだまだ修行が必要だったが、料理に対する愛情は溢れていた。いつかきんたと一緒に働ける日が来ればいいのにな、と僕は思った。
彼女と別れたきんたは帰りの池袋駅から酔っ払って電話をかけてきた。しきりに、ありがとうございました!ありがとうございました!寿司うまかったっす!寿司うまかったっす!と繰り返す。興奮しているのか電話を切る気配は全然ない。こうすけはめんどくさいといった素振りをこちら見せながらもニヤニヤしながらしばらくきんたの話を聞いていた。
多分ぜんぜんうまくいかないんだろうな、と言いながら電話を終えたこうすけは、何とも嬉しそうな顔をしていた。
*2009年の音飯日記から抜粋し加筆修正
音飯…こうすけと僕の2人で始めた㈱どりかむ創業店舗(後にまらに移転)
こうすけ…㈱どりかむ社長
僕…㈱どりかむ副社長
きんた…現こあら料理長
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