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世界がアップデートされていく

朝のはじまりはいつだろうか。

目覚まし時計が鳴り響く時、すずめがチュンチュン鳴く時、寝室に日差しが差し込んだ時。答えは人それぞれだろう。

私は学生時代よく早朝に登山していた。
6度目の登山でやっと日の出を拝めた。
空がじわっと明るくなりだした途端、急に山の奥から強烈な光の塊がのぞく。
「その瞬間」朝のはじまりを実感した。

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しかし朝がはじまる瞬間に定義はない。
むしろ朝というのは実際にはグラデーションではじまり、グラデーションで終わる。地球は常に同じスピードでゆっくりと回っているから、連続的に常に朝がはじまっている。

〝カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている〟

谷川俊太郎『朝のリレー』より一部抜粋


目が覚めてしまった。
外はまだ暗く朝とは言えない。
今日は特別に朝日に起こしてもらう予定だったのに。

そこは瀬戸内海に浮かぶとある島の宿の一室だった。二度寝もできなく宿の朝食まで時間があったので、朝風呂があったことを思い出しせっかくなので行った。

前日は宿に着いた時間も遅く露天風呂から見える景色は真っ暗だったので、今日こそはと思いシャワーを浴び真っ先に露天風呂へ出た。
しかし外はまだ暗く、目の前に広がっているのが海なのか山なのかも分からないほどだった。

せっかくきた露天風呂なので景色を見ようと、少し明るくなるまで待つことにした。
私はお湯に浸かりながら、ずっとそのあるのかないのか分からない景色を眺めていた。

しばらく見つめていると視界にうっすらと楕円の模様が浮かび上がる。
色がなかった世界に水色やピンクといった色が滲み出す。
まるで抽象絵画のような輪郭のない景色が広がっていく。

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視界がじんわりと明るくなっていく。
山の稜線が鮮明になっていき、空と海に境界線が生まれる。
楕円の模様は瀬戸内海に浮かぶ島へと変わり、水色やピンクの滲みは海と空へと変わる。

景色は西だったため日の出は見えない。
昔、山頂で見たようなあの強烈な光の塊が見えなかったため、朝がはじまる瞬間がいつだか分からなかった。

しかし徐々に陽は昇り空は明るくなっていく。
1秒ごとに世界はアップデートされていく。
朝はいつからか、はじまっていた。

朝のはじまりに〝瞬間〟はなく、じっくりとグラデーションではじまりグラデーションで終わる。地球は着実にゆっくりと回り、常に世界のどこかで朝がはじまっていることを実感したひと時だった。