星を買いに

「きのう、星を買ったの」
彼女がキャベツを刻みながら言った。
冷蔵庫のドアを閉じて聞き直す。彼女は同じトーンで同じことを言う。
僕は少し考えてから「そういうの、楽しいね」と言い、もう一度冷蔵庫のドアを開いて缶ビールをひとつ取り出し、ソファーに座ってテレビをつけた。やがて彼女が生姜焼きをテーブルに運んできた。僕らは鉄道の旅番組を見ながら、それを食べた。
ビールを空にした後、「さっきの話だけど」と僕は言った。
「なに?」
「星を買ったとかいうの」
「ああ、押入れに入ってる。でもまだ見ないでね」
旅番組が終わると、僕が食器を洗い、彼女がガスレンジを拭いた。今日泊まるのか聞かれて、そうしてもいいかなと答える。
「明日早いから、先にお風呂行かせてね」
彼女はそう言って浴室へすっと歩く。
僕はテレビのクイズ番組をしばらく眺めた。奥の部屋の押入れに目が行く。気持ちを抑えて外に出た。
いつものように、マンション裏の公園でタバコに火をつける。考え事がいくつかぼんやり浮かび上がる。どれも今日の午前に考えたばかり。線でつなぐと変な星座ができそうだった。
やがてスウェット姿で、肩にタオルを掛けた彼女が、二階のベランダに姿を見せた。「濡れるよ」と小声で言ってくる。気付かないうちに、細かな雨が降り出していた。僕は携帯灰皿の中でタバコの火をもみ消した。
「押入れの中、見た?」
「見てないよ」
「今飛び降りたら、キャッチしてくれる?」
「お願いだから、そういう冗談やめよう」
「星、見たい?」
「見たいよ」
「じゃあ、帰ってきて」
部屋に戻ると、彼女の姿が見えなかった。トイレと浴室のドアを開けて閉じた。呼びかけても、返事はなかった。
僕は押入れの前に立った。「中にいるの?」と聞く。これ以上なく静かだった。銀河の外れで僕だけが喋っていた。

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