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禍話リライト 怪談手帳【化かされ上手】

 この話を語ってくれた人の、ひいおばあさんの体験談。


 
 昭和のごく初めごろ、「化かされ上手」と呼ばれていた、彼女の大叔父の話だという。

 彼は独り身の、いわゆる【ガラクタ道楽】であり、方々で色んな中古品を買い漁っていた。年を取ってから目覚めた趣味のせいか、裕福でありながら別に目利きなわけでは無い。要するに非常にいいカモということで、粗悪な品や贋作などを掴まされ放題であった。

 では、化かされ上手とは……。
 そんな彼のありさまをただ揶揄したものかと言えば、もっと直接的な訳があった。

 大叔父の掴まされた品の中に、狐狸の化けたものが多く混じっていたから、だというのだ。

 そもそもその頃、往来に素性の知れぬテキ屋や行商のようなものが来るのはしょっちゅうの事で、巡りの薬売りなども怪しい品々を扱うことがあった。それらの人々から買った品が、後日それが煙のように消えている、ということがその辺りではよくあって、狐、狸の仕業だと言われていた。

 ひいおばあさん曰く、そのうち幾らかは酔って金を取られたり、本当に無くしたりしたのを誤魔化しただけかもしれない。との事だが、少なくともそうやって、人ならざる者に化かされる話自体は、ほかの家でも珍しくなかったそうだ。

 しかしながらこの、化かされ上手な大叔父の場合。
 現物が残っていたのだ、という。


 皿の尻からふさふさとした尻尾がひと房出ていたり。

 甕の底にびっしりと毛が囲んでいたり。

 徳利の口の内側に歯のような白い削り込みが並んでいたり。

 茶器の肌に黒々と光る犬の眼のような石が埋まっていたり。

 犬か猿か貉かわからない獣が拙い筆で描かれた一服が、恐ろしい獣臭を放っていたり。


 そんな異様な現物を、家族や知人は実際に見せられていた。
 本当にそれらが動物の狐や狸由来の物かと言えば、それは分からない。
 けれど明らかに異様な、尋常の物品でない。
 これは生きている、生きていたものだ、という感覚を、見るものに生じさせる代物ではあった。


 なんと気持ちの悪い品をつかまされたことか、ということで、まさに「化かされ上手」。人にも獣にもなんぼでもころころ騙される、と大叔父はそうやって笑われていたのである。
 しかし。


 人好きのせぬ大叔父と骨董の趣味の共通などでおそらく唯一親しかったひいおばあさんは、そうではないことを知っていた。


 大叔父の使っている離れの一角には、買い集めたガラクタがすべて綺麗に収められてあった。あの毛や歯や目の生えたいくつかの異様な品々もすべて。
 ひいおばあさんはその時よく、キィキィという弱弱しい獣の声のようなものを聞いていたという。
 声を追って思わず手に取ったくだんの品々。毛や歯や目のようなものがあるそれらを、隅々までよく観察すると、気づくことがあった。

 茶器であろうと書画であろうと、壺の類であろうと。
 どこかしらに必ず、どのような技を用いた物か細く短い針が突き立てられているのだ。


 「切ッ先に、なァ。 唾や血をなするンだ。 そうすると陶器だろうが鉄だろうが、土に差し込むように打ち込めるンだ」

 機嫌のいい時の大叔父が、うっかりひいおばあさんへそう漏らしたことがあった、という。
 そもそも、本当ならば騙されたのち手元から煙のように消えてしまう筈のその化けた品が、何故叔父の元には元から戻ろうとするような形のまま残されてあったのか。
 大叔父という人は若いころからずっと昆虫採集を趣味としていたのだが、晩年ガラクタ収集を始めてからは、そちらの趣味は鳴りを潜めていた。

 表向きは。

 ひいおばあさんの遠い記憶の中、蜘蛛の巣のかかった離れの中で、ぼんやりとした明かりの下、化かされた品々を見つめる大叔父の眼は、三日月のように細められていたという。




出展:年越し禍話!怖い動画の話+怪談手帖新作三連発 の1:01:35~
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/784179493?t=3694

余寒さん投稿の【化かされ上手】を、書き起こしてお送りしました。

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