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「アンチ公教育」的な言説について

昨日した長文ツイートのコピペです。

Twitter(というかネット全般で)は「アンチ公教育」的な言説が多いけどなんでなんでしょう。
子供にとって学校は日常の多くを占める部分なので、そこでの経験がある種の根深いトラウマになってしまうことが多いのかも知れない。
しかし、ではどうして欲しかったのかという問いに対しては基本的に一般化が難しい政策を訴えている場合が多いので眉を顰めざるを得ない。
自分(ないし自分の子供)が学校で苦しい思いをしたのかもしれないが、もしかしたらあったかも知れないもう一つの人生を想像してるのだとしたら、その責任は学校にもあるかも知れないが"学校以外"にもあるのではないか。

むしろ僕の経験的にはフリースクールの闇の方が深いと思ってて、フリースクール職員はまともに勉強を教える能力もやる気もない人ばかりだった。求められているものが違うのだろうが、言ってしまえば専門家でもない素人の集団が教育に携わっていることの方に恐怖を感じた。
では勉強だけ教えてれば良いかというと、塾・予備校とかも僕は懐疑的で、塾・予備校は受験に"成功"することを第一主義的に掲げているが、そもそも激烈な受験競争を駆動させているのは予備校文化そのものな気がするし(データとかはないんだが米国型の受験文化を見ると特にそんな感じがする)、そもそも予備校は"不合格になった人間のおかげで経営できている"ということは不都合な事実として口にされることがない。
合格を約束はするが、いざ実際に不合格になったところで予備校/講師は責任を取る必要もないし、時には「努力をしなかった、結果を出さなかった奴が悪い」と言い放っている"カリスマ予備校講師が持て囃されてすらいる。

こうした公教育以外の場での教育は、極端な能力主義かその対極が無秩序に入り交じっている印象があるので、公教育を蔑んでまで取り上げられる代替があるかというと審議を要する。
僕自身、小中学生時代の学校教育には良い思い出もないのだが、私怨を深めるよりもメリットみたいなものに目を向けて行きたいし行くしかないと思う。
どんなに惨めなものだったとしても僕はそこにいたのだから。

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