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090-から始まるケー番は古い

 叔父が亡くなって四十九日をまもなく迎える頃。
叔父の息子、私の従兄弟のスマホに叔父からの着信があったらしい。

 解約手続きに苦戦していたとは聞いていたが、故人の番号から電話がかかってくるとは何事だろう。
「風呂に入ってて、実際に電話が鳴ったのかは分からないんだ」
 しかし着信履歴の通知が待ち受けに表示されていたのは間違いない。
恐る恐る掛け直しても充電の切れた個人のスマホは鳴らず、従兄弟のスマホからは
ーーお掛けになった番号をお呼びしましたが……

 叔父のスマホを充電してみたもののパスコードが分からない。思いつく数字は試したつもり。
 そして解決しないまま四十九日を迎え、従兄弟は親戚との席でこの不思議体験を語ったのだ。

 叔父の妻、従兄弟の母親も着信履歴を直に見ており、従兄弟のスマホに着信履歴があったこと自体は間違いないのだという。

 その話を聞いたからか私の母が夢を見た。
 叔父、母にとっての弟と電話をする夢だった。
「「体壊すなよ。元気でな」ってさ、夢なんだから電話じゃなくて対面で話してくれたら良いのに」
呆れたように笑いながら、それでも感極まった母の目は潤んでいた。

 そんな話を職場のデイサービスでしてみた。
すると、あるお爺さんは意地悪そうに言った。

「身内だからって死んだ人間に同情なんかするんじゃない」

 お爺さんは酒乱で子供たちに見放された独居老人だ。そのお爺さんは幼少より波乱の人生を歩んだ。唯一の理解者だったと言う妻は早くに亡くなっている。
 今は1人が寂しいと嘆きデイサービスだけが居場所だ。しかし、そのデイサービスでも鬱屈した性格で少し浮いていた。
いつも少しつまらなさそうにガラパゴスならくらくフォンをパカパカしてる。人間は居たい場所を選べない。

 ポジティブな反応を期待した分、少しムッとしてしまった。
「どうして?奇跡の最期の会話ですよ」
「いやいや。死んだ人間は寂しがりやだからな。同情を誘って連れて行きたがるのさ」
「そんな風に言わなくても良いじゃないですか…」
冗談と受け取って明るく返したつもりだが、内心は(寂しがりやはお前だ)と冷たく非難していた。

 そのうちなんやかんやと話の輪は広がり会話に参加する人が増え、脱線に脱線を重ねた末に「沖縄県民は泳げないと言う通説は嘘」と言う結論に達した。何故なら泳げないのは私1人だったからだ。そんなまさか。
 脱線された上に1人カナヅチの私は拗ねた。

明るいお婆さん達の会話についてこれなくなったお爺さんはガラケーをパカパカしてたクセに、私が泳げないのを知り嬉しそうに皮肉りまた会話に参加し始めた。
最終的に帰りの送迎車の中でも揶揄われ続けた私は憂鬱なまま退勤した。



 夢を見た。
 お爺さんが枕元に座り込んで顔を覗き込んでいた。老人特有の臭いが近い。
シチュエーションに合わせたのか、私の体は金縛りのように動かない。
「なあ、泳ぎに行こう」と意地悪な顔で誘ってくる。
「私が泳げないの知ってるでしょう」と冷たく返す。

「だから、アンタを誘ってるんじゃないか!」

さっきまでニヤニヤしていたお爺さんは唐突に泣きそうな顔で私に怒鳴った。
 そこで私はお爺さんの様子に初めて恐怖した。
「本当は泳げるの!泳げる。私は泳げる!」
私はわーっと怒鳴り返した。
何故か同意してはいけないと思った。嘘をついた。

寂しげな表情を浮かべたまま、お爺さんは私の部屋から出て行った。



 そんな夢を見た朝、出勤してお爺さんの急逝を知った。


 「そういえばさ、お父さんから電話があったって言ったじゃん。あれ勘違いだったみたい…。」
 叔父の四十九日以降、久々に会った従兄弟が気まずそうに切り出した。
「良く考えたら「お父さん」ってアドレスに登録してるんだから、着信履歴に電話番号が表示されてる訳ないだよな。
090-××××-5555がお父さんの番号。で、着信履歴の番号が070-××××-5555。似てたんだよ。勝手にお父さんと結びつけちゃった。まだ死んだなんて信じたくなかった。間違い電話だったんだ。」
 最初気まずげに切り出した従兄弟は鼻を啜って俯きながらそのまま口を閉ざした。

私はなんて声をかけて良いのか分からなかった。


 従兄弟と別れ、歩きながら考える。
 故人との通信。電話と夢、どちらが現実的だろうか。
もちろんどちらも現実的でない。万が一死んだ人と連絡が取れるのなら。

 幸せな夢を見た母。怖い夢を見た私。
ただの深層心理なのかもしれないが、この二つの体験からするに夢とはあの世とこの世の境なのだろうか。


 ふと着信音が響く。
 私のスマホに表示された090から始まる番号。
090から始まる番号は古くからのユーザーである事が多いらしい。叔父の番号もそうだった。

 従兄弟の顔がよぎった。
何故か従兄弟の無念を晴らせるような気になった。
迷いなくスマホの画面をスライドした。


「なあ、本当は泳げないんだろう?」

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