[アイロボ]3章4 アイロボ2

「隆。この温もりを覚えておくんだ」
「よしさん?」
「俺達は、おまえの味方だ」
「…」
隆は無言のままよしさんの腕で声を押しこらえていた。
隆は、きっとこの温もりを忘れないだろう。
暫くして隆を引き離すと肩に手を置いて、頑張れよ。そう呟いた。
他の仲間も次々に隆の肩に手をやり言葉を残していく。
その度に隆の嗚咽は大きくなる。
僕も隆に近寄り握手を求める。
それが隆への言葉だった。
隆に強く握り返され、おまえも頑張れよと言われてるようだった。
とうとう、お別れだ。
何度繰り返しても寂しい儀式。
発車のギリギリで隆はバスに乗り、発車の合図と共にバスは走り出した。

バスの窓から隆の顔が見えなくなる。
少し寂しいネオンの闇に消えていく。
皆は隆が見えなくなると何かを振り切るかのように動き出した。
「今日は隆の新しい門出に飲むぞ」
楽しそうに源さんが言った。
「よし、今日は飲むぞ」
仲間もあわせる。

今日はじゃなくて今日もじゃないか?
僕は1人そう思いながら仲間のあとをついていく。
今夜も賑やかな宴会だった。
安酒につきない話。
寒い夜だったが、それでも皆笑っていた。
透き通る冬の空にその笑い声は暖かな温もりと白い息を残した。
それが最後の宴会になるとも知らずに。
翌朝。
空は、濁った雲で覆われていた。
「今日は降るかもな」
顔を洗ってきたよしさんが空を見上げて呟いた。
昨日遅くまで飲んでいたのに顔色はよく今日も爽やかでハンサムなよしさんだった。
怪しげな雲と爽やかなよしさん。
なんとも不思議な組み合わせだった。

よしさんは、一息いれると出掛ける準備をした。
「そうすけ、今日はこれを被っておけ」
そう手渡された紺のニット帽と同じ色のマフラー。
「今日は冷えるぞ」
そう笑いながらよしさんは、僕に巻いてくれた。
きっと昨日の事があったからだろう。

どんな相手に狙われているかわからない以上、用心しないといけないだろう。
僕は、マフラーに顔をうずめた。
「俺は、ちょっと出掛けてくる。おまえはここにいろ」
よしさんは、そう言った。
僕が頷くとよしさんは、支度を整えて出掛けていった。
1人残された僕。
留守番は得意だ。
といってもここは家ではないのだけど。

僕は、ベンチに腰掛けた。
繁華街にぽっかりあいた空間。
緑と水の音。
周りの雑踏が木々に吸収されてそこだけがまるで自然の中にあるようなまさしく癒やしの場所だった。
通勤前に朝飯を食べてるサラリーマン。
何処からか湧いた地方の若い子達、僕と同じようなホームレス。
繁華街のように人が集まっている筈なのに不思議と平和な匂いがした。
その平和な匂いに誘われたかのように鳩が広場に現れる。
少しずつ日が登りぽかぽか暖かくなり始めた。
僕はそこに幸せを感じた。
出勤するサラリーマンや店で働く人達。
世話しさの中にある幸せ。
幸せとはそんなものかも知れない。

僕は何をする訳でもなくその場でぼーっと辺りをみていた。
すると僕の目線の先に1人の男の子がいた。
小学校にあがるかあがらないかの歳くらいだろうか?
傍に親らしき人物はいない。
この寒空の下薄着で、噴水の周りを横断歩道の白い線を飛び越えていくかのように楽しそうに跳ねていた。
1人で来たのだろうか?
この辺りは、高層ビルばかりで住宅は殆どない。
小さな子供が1人でこれる場所じゃなかった。
僕はある光景を思い出した。
夕日の中に1人の少年が佇む光景だ。
夕日と1人の少年だけを絵画にしたような、それだけ強い印象だった。
僕の心が強く痛んだ。
その痛みは徐々に身体に充満し激しい鼓動となって心を揺さぶった。
あれは、遠い日の記憶。

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