見出し画像

【7限目】 体育 : 橙山先生

*ぴちゃんと先生 7限目*

橙『今日は男女混合で20mシャトルランを行う』

ま『シャトルランか。だから混合授業なんだ』

ぴ『まえくん、ぴちゃんシャトルランって初めてなんやけど。何したら勝ちなん?』

ま『いや、勝ち負けの種目やなくてやね。早い話が持久走の体力テストだよ』

ぴ『持久走? 20mしかないのに? あの赤テープから向こうの赤テープまでなんやろ?』

ま『まぁ、1組目の人たちを見てれば分かるよ』

橙『なんだ、ぴちゃんシャトルラン初めてなのか』

ま『あ、橙山(とうやま)先生』

橙『おう、まえはあんまり話したことないな。俺は普段女子の受け持ちだからな』

ま『よろしくお願いします』

ぴ『おとーちゃん、シャトルランって何すんの?』

ま『おとーちゃんって。あいかわらず、ぴちゃんのあだ名はすげぇな。青川先生はじっちゃんやし。学園のどこかに、母ちゃんもいそうやな』

橙『シャトルランっていうのは、往復持久走とも呼ばれていてな。見てな、まず音楽が鳴るだろ』

ぴ『ぴ! ドレミファソラシドだ〜♪』

橙『この高い方のドのあとに鳴る合図音の前に、向こう側の赤テープに体が接触しなければならない。テープを足で踏むか、手で触るかだな』

ぴ『往復ってことは、向こうまで行ったら帰ってくるってこと?』

橙『そう、そしたらまた向こうの赤テープから、この「ポーン」って今鳴ったでしょ、この合図音が鳴るまでに、次の赤テープに接触をする。これを繰り返す』

ぴ『なるほど、じゃあ赤テープが踏めなかったら、アウトなんだ』

橙『1回だけなら時間内に接触できなくても、その後に接触し、次の合図音が鳴り終わるまでにその次の赤テープに接触することが出来ればセーフだよ』

ぴ『えっと、2回連続で間に合わなかったらゲームオーバーなんだね。でも、簡単じゃん。こんなゆっくり鳴ってるんだから』

ま『これがずっとそうなら、俺たちは何も苦労しないんだよぴちゃん』

ぴ『ぴ? あれ? 何かさっきより若干早くなってる?』

橙『折り返し時間の間隔は、約1分ごとに短くなるぞ。最初は9秒間で20mだったのが、51回からは6.55秒で20mに、106回を超えたら5.33秒で20mにスピードアップを求められるんだ』

ぴ『なんで疲れてくる後半に連れて鬼畜モードになっていくんだ! ドSの集まりか今日!』

ま『新体力測定の項目だから。有酸素運動の能力についての測定ですよね?』

橙『その通り。最大酸素摂取量の推定を行うためだな。ちなみに、持久走の成績が良いということは、心臓や肺、血管系、筋の代謝が優れているということで、呼吸循環や代謝系の機能が高いということも相対して分かるぞ』

ぴ『ねぇ、おとーちゃん。これって必勝法あるの?』

ま『だからぴちゃん、これ勝ち負けじゃないから』

橙『あるぞ』

ま『え! あるの?』

ぴ『教えて教えて!』

橙『持久走で良い結果を残すコツは、ペースを乱さないことだ。この「合図音が鳴り終わるまでにテープに接触する」というルールではあるんだが、20mをある程度綺麗に音楽と合わせて均等に走り切ることが重要なんだ』

ぴ『えーと、ドユコト?』

ま『急にペースの上げ下げを繰り返すのが、身体的負担につながるということですよね。チェンジオブペースは、ただランニングするよりも身体的負荷がかかり、体を鍛える時には良いのだとか』

ぴ『ちょっとまえくん黙ってて、難しい言葉すぐ使うんだから』

橙『まえの言った通りで、例えば、ドレミがまだゆっくりの時にとっとと走って向こうで棒立ち休憩してるプレイヤーと、ドレミがゆっくりならペースも合わせてゆっくり走り、鳴り終わるギリギリに接触を終えてターンしているプレイヤーがいるなら、圧倒的後者の方がシャトルランにおいては理想のプレイヤーだ』

ぴ『そうなん? 休憩してる方が足休ませられるし、疲れなさそうやけど』

橙『最初に言った通り、このシャトルランは有酸素運動の測定種目だ。つまり、重要なのは単純な筋力や瞬発力ではなくて、呼吸器系。この心臓や肺にどれだけ負担をかけずに走れるかってのが、攻略の鍵になってくるんだ』

ぴ『あ〜言われてみたら本当だ。今リタイアしてる人たち、みんな息ハァハァしてる。足を押さえてる人って少ないね』

橙『この競技で足の負担となるのはターンをする時だ。これは、ターンを右回りと左回りで交互にすることで、片足にのみ負担をかけ続けることが無くなり、負荷軽減させることが出来るぞ』

ぴ『息がしんどくならないコツはある?』

橙『呼吸法はまずひとつ挙げられるな。「2回吸って、2回吐く」もしくは「2回吸って、1回吐く」自分に合った呼吸法を事前に見つけておくことが、持久走では重要だ。あとは、この種目に関するコツとして、ターン前で減速をすることだな。スピードが乗ったままターンをすると足への負担につながるし、スピードに乗ってライン超過したら、その分の体力や時間のロスが出てくるわけだからな。いかに効率良く粛々とこなすかっていう、体育の中でも地味な種目だとは思うぞ』

ぴ『ほぉ〜、おとーちゃん、もしかしてこのシャトルランってやつ。ぴちゃんと相性悪い?』

橙『そうだなぁ。いつも全力疾走で爆走するぴちゃんには、不向きな競技かもしれんなぁ』

ま『そんな授業中に爆走してるんすか』

橙『だってなぁ、いつも「うぉりゃぁぁぁぁ」って言いながらアップしてるもんな』

ぴ『体育は常にフルスロットルやで!』

橙『後半、目ぇ回しながら走っとるもんな』

ま『いや、良いんかそれで』

橙『まぁ、俺としては必要以上に能力を上げることはないと思ってるからな。将来に向けて、今の自分の身体の状態を正しく知り、どうしたら健康な生活を送ることが出来るか、体を動かすということがどれだけ大切なのか、ストレッチやクールダウンはなぜしなければならないのか、怪我を防ぐにはどうしたら良いのか、怪我をしてしまったらどうしたら良いのか。そのあたりの知識を身につけてもらって、体育の授業が無くなる大人になった時に、まず自分で体のコンディションを整えられる人間へと成長していければなと考えているんだわ。人間、健康第一って言うだろ』

ま『ちなみに、先生はスポーツに対する根性論ってどうお考えですか?』

橙『全くの無意味。なんのメリットにもならない。ただし、個人の性格から「負けたくない」とか「あきらめない」とか、そーゆー感情が自然と出てくることに関しては、全然良いことだし、持つべき感情だと思う。あくまで指導者が、プレイヤー本人の感情を焚き付ける行為や指導法は、現代スポーツ学の観点からはあり得ない。無駄でしかない。与えるべきは知識。伸ばすべきは判断能力。そこにスポーツ医学や科学的データを取り込み、どうしたら良い結果を残せるかを考えることが、プレイヤーの勝利に近づくために不可欠なことだと俺は思うね』

ま『ありがとうございます』

橙『スポーツも、とことん頭使ってやるのが基本。俺はノムさん派なんだわ』

ま『分かります』

ぴ『も〜、ぴちゃんには何のことかさっぱりだわ。とりあえず1組目全員終わったみたいだし、ぴちゃんたちもシャトルランやろうや』

ま『目標100回越えやな』

橙『よーし、位置についたか? じゃあ、2組目スタートなぁ!』

ま『よし、スタート』

ぴ『うぉりゃぁぁぁぁ!!』

ま『おい! ぴ! 飛ばし過ぎや! ドレミのペースに合わせるって言ってたやろ!』

ぴ『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

橙『まぁ、ぴちゃんは人間ではないから、あのスタイルで良いか』

#3分間の暇つぶし  #ぴちゃんとおはなし #ぴちゃんと先生 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?