見出し画像

「コミュニティ」が挑戦から価値を産む、IPA未踏ターゲット報告会リポート③

 「アメリカの西海岸に負けないようなコミュニティにしたい」。情報処理推進機構(IPA)の奥村明俊理事は、「未踏ターゲット事業成果報告会」を振り返ってこう語りました。2018年度から始まった「未踏ターゲット事業」の成功には、コミュニティの醸成が欠かせないと考えているのかもしれません。

 未踏ターゲット事業は中長期的なイノベーション推進に挑む人を発掘・育成する目的として始まりました。2年連続で「量子コンピューティング技術を活用したソフトウェアの開発」(注1)が、発掘・育成のターゲット領域に選ばれています。2020年2月8〜9日に開催された報告会では、24のプロジェクトに取り組んだ「挑戦者」たちが、その成果を発表しました。

関連記事:「量子コンピューターから「量子」が消える日、IPA未踏ターゲット報告会リポート①」
関連記事:「量子コンピューターが掘り起こした価値、IPA未踏ターゲット報告会リポート②」

 “挑戦者”たちの指導や助言をするプロジェクトマネージャーを務めた、早稲田大学の田中宗准教授(トップ画像)は、「一見よさそうな結果が得られたことも(プロジェクトの)成果だが、課題が見つかったことは、より大きな成果だ」と報告会を振り返りました。

 ほとんどのプロジェクトは、結果だけを見れば既存のコンピューターを上回った成果を報告できていませんでした。しかし、見方を変えれば、技術を発展させていくために必要な課題を突き止めるという、技術の発展で最も重要な成果を得たと言えます。量子コンピューター(注2)とそれに関連するソフトウェアが産業界に広がり、社会に浸透していくためには、課題を突き止めて明らかにしていく人を増やし、育てていくことが重要です。

挑戦者たちを繋ぐ

 「僕も同じような研究をしていて、パラメータ最適化が上手くできていない」。報告会では、そんな挑戦者同士の会話も見られました。未踏ターゲット事業が、挑戦者同士のネットワークを広げるコミュニティとして、既に機能しだしているように感じます。

 コミュニティが育ち、ノウハウが成熟し、活動が広がっていけば、研究で明らかになった課題の解消や新しい発明につながるかもしれません。材料もかからず、複製や輸送にコストがかからないソフトウェア開発では、開発者の能力によって生み出される価値に大きな差が出ると言われています。それこそ、「優秀な5人のプログラマーはそうでない1000人に勝る」(Five great programmers can completely outperform 1,000 mediocre programmers:Harvard Business Review)と極端に表現する人もいたそうです。

 量子コンピューター(注2)は、まだ産業利用の成功事例がはっきりとは示されていない、文字通り「未踏」の技術です。そんな未踏の技術を使いこなし、大きな価値を発揮する挑戦者を育てようとしているのが、この「未踏ターゲット事業」なのかもしれません。

 誰も答えを知らない未踏領域に挑戦する人が成功や失敗を重ね、経験から産業的な価値を産むノウハウを身につける―――。挑戦する人同士が意見を出し合えるような機会を産むコミュニティは、貴重な存在です。この報告会だけでも、来場者と報告者の間でかわされた質疑応答では、「参考になります」や「試してみます」といった言葉がいくつも交わされました。行政だけでなく、企業も未踏の技術に挑戦するイノベーターたちを応援していければ、もっとコミュニティを大きく成長させるのではないでしょうか。

 挑戦する人を増やし、育て、応援する機運が広まれば、量子コンピューター(注2)と従来型のコンピューターを組み合わせたアプリを誰もが日常的に使う近未来を、日本から世界に向けて発信できるかもしれません。2日間の報告会を通じて、そんな感想を抱きました。

 これからも、「未踏」に進む挑戦に注目し、私も応援していきたいと思います。

(取材:大下 範晃/執筆・編集:アイデミー)

————————————

注1:IPAが「量子コンピュータ」ではなく「量子コンピューティング技術」と表現するのは、種類によっては「量子コンピューターとは呼ばないのではないか」といった指摘があるためだと思われます。カナダのD-Wave Systemsが販売しているアニーリング型量子コンピューターが登場する以前は、量子コンピューターと言えば量子力学モデルによるチューリングマシンおよび、今日ではゲート型量子コンピューターなどと呼ばれる計算機を指すことが多かったためです。アニーリング型量子コンピューターは、「量子論理回路(quantum logic gate)」と呼ばれる機構を持たないなどの理由から、「量子コンピューターではない」といった意見がありました。同様に、革新的研究開発推進プロジェクト「ImPACT」で開発された計算装置「量子人工脳」も、量子コンピューターとは呼ばないなどの指摘がありました。内閣府は2018年、量子人工脳を量子コンピューターと呼ぶのを控える方針を決めています。

注2:この記事では、量子力学モデルを応用して計算結果を求める装置や、その関連する技術を含めた広義な意味で「量子コンピューター」と表現しています。人によっては、「量子論理回路(quantum logic gate)」と呼ばれる機構を持つ、いわゆるゲート型などと呼ばれる量子コンピューター以外は「量子コンピューターとは呼ばない」と定義することもあります。