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堂々巡り

たとえば電車の中とか、人が多い場所にいるときに、目の前に非常識な行動をとっている人がいたとして、私は自分の存在感を消して避けることしかできない。目をつけられてから逃げるのでは手遅れで、簡単に殺されると思ってるから。

その場に居合わせただけの人に対してそんなことを思うなんて、私こそ非常識な人間なのだろうけど、とにかく周りの人は助けてくれないし、自分ひとりでは逃げる以外にできることがないから、誰かの標的になったら死ぬんだと思ってる。

仕事帰りにひとりで歩いていて、後ろから聞こえる足音に違和感があったとき、「あ、もしかして殺されるかも」と真っ先に思う。歩きじゃどうにもならないからと、自転車で帰るようにしていても、さっき追い越したはずの自転車が自分の前を通って顔を覗き込まれた気がしたとき、「一か八かで逃げないと」と思う。

何かが起きる前から諦めている。誰も自分のことなんて見てないのに、毎日毎日怖いと思いながら過ごしてる。

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さっき、帰りが遅くなって不安だから、先に帰ってた夫に途中まで自転車で迎えに来てもらった。

私は歩きだから、暑い中ゆっくりなペースで付き合わせて申し訳ないんだけど、来てもらえたおかげで安心して帰れるから、本当に本当にありがたい。なんかお礼にジュース買ってあげようかな?とか思ってたら、角を曲がったところで歩きくらいの遅いペースで見回りをしているパトカーが出現して、そのパトカーに対して夫が何の脈絡もなく「さっさと行け」「さっきからチンタラしやがって」的な意味の暴言を吐き捨てていて、心底幻滅した。

わざわざそんなことを吐き捨てる意味が全くわからない。何の冗談? どんな情緒? この人は「この職業の人=こういう人」という決めつけが激しい。人とかかわってない証拠にしかならない薄っぺらい価値観を、絶対的なものだと信じている。その考え方が嫌いだということは、何度も何度も話した。

だいたい、私そういう男性の語気の荒い喋り方が本当に苦手だって何回も何回も言ってるし。これって育ちだから仕方がないって開き直れる話なの? クソ無意味な場面で気を大きくしてるのクソダサすぎて拒絶する。自分に自信のない人間の気のデカさはイキリでしかない。こんな人間に迎えに来てもらった私が悪かったし、何で同じ家に帰るんだろう?と思った。

この人にとって、警察は職質してくる迷惑な集団でしかないんだろうなと思うと、本当に心から羨ましい。体がデカいから何にも怖くないんだろうね。もし何かが起きたとき、あんたにできるのは通報することだけなのに。

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ぜんぜん違う場面の話だけど、この人の母親と回転寿司に行ったとき、他の席の人が頼んだ玉子が流れていくのを見るたびに「何でわざわざ玉子なんて頼むんだろう。気がしれんわ」と言っていて、さっきと同じように不快になった。みっともない独り言を他人に聞こえる音量で垂らすな。

この人たちは子どもが夏休みに入ったことを知らないし、生魚が食べられないけど回転寿司に来る人を知らないし、テレビのニュースで当たり前のように女が被害者になっているのを見て、明日は我が身だと恐怖を感じる女を知らないし、ノッソリと不気味な速度で現れるパトカーにホッとする人がいることを知らない。

私自身も結構文句垂れる性格だと思っているけど、この人たちと同類なのか?と考えると人外も人外で心臓がキリキリする。最悪なかたちで「似たもの親子だ」と思った。夫ひとりなら「そういうのやめてほしい」って何回も諦めずに話そうと思って、一応10年くらいそうやってきたつもりで、やっと不安な時は迎えに来てくれるようにもなったんだけど、先日の寿司屋のこともあって「あ、これ育ちだし血だから変わらないのか」と思ったら途端に心が冷え上がった。悲しい。今、めちゃくちゃ悲しい気持ちだと思う。何でこの人と一緒にいるんだろう。たまにそう思うことはあったけど、真逆の気持ちもたくさんあって、でも、今のこの絶望感は新しい感じがして本当に悲しい。

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私は語気を荒くして母に接す父がものすごく嫌いだった。母の態度も悪かったけど、私は何より父が怖いのがショックでベランダに逃げて、過呼吸が止まらなかったとき、母だけが背中をさすってくれたことを絶対に忘れない。父とは普通に話すし、たまに連絡もするけど、何がどうひっくり返っても「父はああいう人だ」というのは絶対に変わることがない。

夫のこともそう思うことが増えていくのかもしれない。とても優しくて、当たり前だけど人にも動物にも手をあげることは絶対にしないし、可愛いし、素直だし、私のクソみたいな家族にも好かれていて、彼のおかげで私は自分の家族にたまに会えるようになったし、いいところなんていくらでも思いつくのに。この人のこともいつか父のように割に切って付き合うようになるのかと思うと、私はなんて無意味な堂々巡りをしているんだろうとやるせ無くなる。

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