軽やかさ

Lesson 3

今日のレッスン、まったく抵抗がない

うんうん、そうなんです

その通り。私、理解してないんです

なんの抵抗もない、聞き慣れた、馴染みのある、私がいつも自分自身に言ってきた言葉

その言葉には、自分を責めるニュアンスがある

私は理解していない、理解できてない私はダメだなぁ

私は理解していない、だからもっと分からなければ、ちゃんと理解しなければ、もっと知らなければ、このままではいけない

私は、これについての理解が不足している

そういう感じで使ってきた台詞


でも今日のレッスンでは、軽やかに、ただ流れるように、目に映るもの全てが私の理解のうちにないこと、を改めて言葉にしていった。自分を責めるニュアンスはなし

その軽やかさ、責任からの開放感、心地よさ

私は理解していない

この響き、心に空間が広がる

理解しなくていい、理解しようとしなくていい、そのままにしておいていい

理解すること、それが私にとっては色々な意味を含んでいたことに気づく

自分の理解のうちに置いて、自分の一部とする、ちゃんと管理する、それをよくよく把握して、自分のものと捉える、自然と何かの反応に繋がる

理解すること=荷物を増やすこと、気づいたら私はこんな状態になっていた

そして、今日のレッスンをしてみたら

理解していない=重荷を手放した、そもそも荷物の無い自由な状態、と感じた

理解していない、この響きが私にポジティブに響いたのは、私が自分とモノや人との距離を近く取り過ぎてきたからなのかも

理解しているものが増えると自分が縮こまるような、自分のスペースが狭くなるような感覚

私は、私の為の空間を保ちたい、自分に自由になれるスペース与えたい

これ書いてて思った、私の空間があれば私は自由になれるのか?心にスペースがあれば、私の言動は制限なく、本音に沿った表現になるのか?物理的に私のための場所があれば、それだけで私は自由に何でもできるのか?

順番が逆かも

私の精神が自由になれば、自分の感覚に素直になれば、心にスペースができる

というか、本当は既に存在していたスペースが現れる、目に見えるようになる

私の言動が本音に沿えば、私の周りに必要な空間が与えられる、その言動が許される環境に自然となる、、、もとから許されていたと思い出す

みたいなことなんじゃないだろうか、ふと思ったりして

私の難関は、自分を制限せずに表に出す、ということなのかも




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