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19年

近年の感染症流行でも、小児の生命が失われることが増えてきた。
コロナ以外の病気だって勿論あるし、事件や事故もある。
何にしたって、幼い子どもの訃報はやるせない。
もちろん大人だってやるせないけれど、出産してからというもの、どうも自分の子どもを重ねてしまって、ニュースを見るたびに泣いてしまう。

元々私は「最悪の事態」を考えてしまうことが多いので、悲しいニュースがなくても想像で涙ぐんだりしてしまうので、放っておいたら年中泣いている。

先日は生協のチラシに載ってた防災用品を見ていて、
(3日分の備えというけれど、戦争になったら3日で足りないのでは…)という不安に駆られ、注文がさっぱり進まないという事態に陥った。
非常時よりも、日々の暮らしをちゃんとしろという感じである。

夫に対してもまた似たような感じで、
「先にいかれたらどうしよう」と悲観に暮れることも少なくない。
結婚したばかりの頃など、毎日そんなことばかり考えていて、半ば怯えて暮らしていた。

この恐怖はどこから来るのだろうと考えると、恐らくは20歳の時に父が急逝したことが、まだ自分の中で消化しきれていないのだと思い当たった。

父は優しく面白い人で大好きであったけれど、20歳といえばお年ごろであるし、ちょっと素っ気なく対応していたと思う。
それに、亡くなった日の朝、遅くからの授業であったため惰眠を貪っていた私は、
パタンと玄関のドアが閉まり、父が出勤したことを察して、(いってらっしゃい…)と心の中で見送ったのだ。
怠惰な性格をこれほど後悔したことはない。
何故、もう少し早く起きて見送らなかったのか、声をかけなかったのか。ひとめ、顔を見なかったのか。
声をかけて見送ったことで覆るものなど何もないのだが、自分の中では大きな後悔となった。

その後悔が消化しきれないのか、父をなくしたことの悲しみから乗り越えられていないのか、私は大切な人を失くすことに怯えた。
結婚はしたくて婚活をした。
子どもが欲しくて不妊治療もした。
だけど、いざ結婚をして、子どもができたら、怖くて仕方がなかった。
失くすぐらいなら、大切なものなど無い方がいいのではないかと思ったこともあった。

けれど、結婚して7年、子どもが産まれて4年経ち、ふと考えると「大切なものを失くす恐怖」を感じることは格段に減っていた。
もちろん、ゼロではない。
だから朝ケンカしたりすると、急に怖くなって謝ったりはする。もう後悔したくないから。
本当は朝のケンカやめなさいって感じだけど…。

なぜ恐怖が減ったかと考えたら、それ以上に日常が楽しくて、嬉しくて、大切なものが増えたからだと思う。
怖いな、嫌だなという思考になる前に、
息子が面白いことをする。
可愛い言い間違えをしながら、たくさんお話ししてくれる。
夫がにこにことオムライスを作る。
2人が同じような格好と顔をしてスヤスヤと寝ている。
大切な人は、たくさんの思い出をくれる。
父だってそうだった。

思い出の数が多ければ多いほど、失ったときの穴は大きい。
でもその穴をまた、大切な人との思い出が埋めていく。
埋めきれることなど決してなくて、穴に落ちそうなことだってきっと沢山あるんだけど、それに気づいていれば、なんとか這い上がってこれそうな気もする。

そんなことをふと思って、目の前のことをたくさん大事にしようと
19年経ってようやく、区切りがついた思いである。

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