「真面目」な企業の特商法対応と、noteへの改善提案

 私が消費者法に関する講演をさせて頂いたり、消費者法に関する論文を寄稿する際、口を酸っぱくして言っているのは「真面目な企業は消費者法をきちんと守っている」ということである。 

 私が知っているのは、一定数のIT系企業の法務に過ぎず、これが全てであるとか、代表的であるというつもりはないが、少なくとも私の知っている「真面目」な企業の法務は、消費者法について、表面上の条文だけではなく、消費者庁の出している本やガイドライン等から、法律の趣旨(法律によって実現したい状態)まで読み込んで、かなり保守的に、ホワイトであることが明らかなゾーンでのみビジネスを行っている。その意味は、ビジネス側がやりたいことを、一定範囲で、法務が「ノー」というということである。そして、現行消費者法は私の肌感覚では「かなり厳しい」。そこで、詳しくはここに書けないが、ある消費者法の規制がネックになって、新規ビジネスの立ち上げが頓挫した事例を知っている(なお、通常は、法務はビジネス側の要求を実現しながら、法務的要求を実現する「解決策」を編み出すので、ビジネスが頓挫するというのは例外的事情であるが、それでも、ビジネスのやりたいことが100%ではなく70%位になってしまうことは十分にあり得る)。 


  ところで、noteというサービスの利用規約が話題になっている。これについて法学者の立場から簡単な議論をしているものとして、 

https://note.mu/kfpause/n/n0991ebf64eea

 を紹介しておこう(なお、後記のとおり4月18日の規約改訂について、私は賛同しない。)。  

 このサービスの利用規約の本日(4月19日朝)時点の内容の要点は以下のとおりである。(強調筆者)

https://note.mu/terms 

・「noteにおけるデジタルコンテンツの取引は、ユーザーとクリエイターとの間の直接の取引となります。」(ピースオブケイクサービスご利用規約—noteについてー取引関係) 

・クリエイターは、自身のページに特定商取引に関する法律その他の法令に従った表示を行います。(noteクリエイター規約—3.特定商取引に関する表示) 

・デフォルトでは「連絡先」として「省略した記載については、電子メール等の請求により遅滞なく開示いたします。」と設定される。 

・開示請求については、請求者からクリエイターへではなく、当社宛に郵送にてご請求いただきます。その際、請求者は、当社の定める書類にご記入いただく必要があります。そのうえで当社は、請求内容に基づき、当社法務担当と一緒に協議の上、ご対応させていただきます。販売業者ではないと判断できる場合、当社のほうで開示をお断りさせていただくこともあります。また、断りもなく、当社からクリエイターの個人情報を請求者に開示することはありません。(よくある質問—6-4. 「販売業者」に当てはまり、かつ、連絡先の掲載を省略した場合で、氏名、住所、電話番号等の開示請求があった場合、どのように対応すればよいですか?) 


 さて、ここで問題となる特商法について見てみよう。同法11条(柱書本文)は、「販売業者又は役務提供事業者は、通信販売をする場合の商品若しくは指定権利の販売条件又は役務の提供条件について広告をするときは、主務省令で定めるところにより、当該広告に、当該商品若しくは当該権利又は当該役務に関する次の事項を表示しなければならない。」とする。要するに、インターネット等を通じた通信販売をする場合には、一定事項を表記せよということだ。そして、特商規則8条1号で「販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号」が、その一定事項の1つとして表記することが義務付けられている。


  特商法上の表記義務について、note運営側は「クリエーターは匿名で発信をしたい人も多いから、クリエーターの匿名性を守りたい」と思ったのだろう。この発想自体は間違っているとは思わない。

  しかし、その対応として使ったのが、特商法11条但書だ。これは、簡単に言うと、購入者の請求を受けてこれらの情報を遅滞なく交付するなら、11条で義務付けられた記載事項の一部を表記しなくていいというものである。なぜこういう規定があるかといえば、例えば、新聞広告の広告欄が狭い場合に、「こんな商品があります、興味がある人はこの番号までカタログを請求してください!」と言って、カタログにおいて必要事項を全て記載することを認めようという趣旨である。 どうも、note運営は、この条項を本件にも使えると考えたらしい。そこで、上述のとおり、デフォルトでは連絡先を省略し、その上で、郵送で請求書を送らせるという形を取ろうとしたのである。特にその請求書のフォーマットは、

https://note.mu/pdf/specified.pdf

であり、請求者の個人情報及びそれを証明する免許書等の写しを要求していることから、萎縮効果は抜群である。


  私がここでいいたいのは、この対応は、上記の「真面目な企業」の対応とはかなりかけ離れているということである。


  確かに条文上はnoteのやり方がおかしいということを明確に定める規定はない。しかし、消費者庁の見解は、 

http://www.no-trouble.go.jp/search/what/P0204003.html

 にあるとおり、「広告の態様は千差万別であり、広告スペース等もさまざま」であることから、遅滞なく、つまり、「販売方法、申込みの有効期限等の取引実態に即して、申込みの意思決定に先立って十分な時間的余裕をもって提供される」ならば、これを例外的に認めるというものである。


  主務官庁の見解に法的拘束力はなくとも、「真面目な企業」は保守的であるから、消費者庁の考えを忖度するだろう。  

 その結果、以下のように考えるのではなかろうか。

 ・そもそも、11条但書が省略を認めた本来の趣旨は、スペース等の理由で全ての情報を記載するのが現実的でないという場合のためであり、売主の個人情報保護のためではない。そこで、スペース的に問題ないのに売り主の個人情報保護のために11条但書を使う事自体が脱法的である。 

・更に、「遅滞なく」についての上記の消費者庁の解釈に鑑みれば、「旬」の話題が多く、ポストされてから数日ないしは1週間くらいの間に内容が古くなるものも多いnoteについて、郵送をした上で、法務部が審査して開示の許否を決めるなんて態勢を取れば、「十分な時間的余裕をもって提供される」とはいえない可能性が高い。 

・そもそも、原則は情報の公開であり、例外が遅滞なき提供のはずで、本来自発的に提供すべき情報が「欲しい」という請求者に対し、請求者の個人情報を開示して、請求者の本人確認書類を渡せというのは法の趣旨にそぐわない。

 ・デフォルトで「メール等」と表記していれば、普通はメールを一本送れば開示してもらえると誤信するはずで、それが「一定のフォームを郵送しないとだめ」といわれるのは、請求者の期待に大きく反する。


  このように考えれば、普通の「真面目な企業」はnoteのような方針を選択しないだろう。


  繰り返すが、noteの、「クリエーターの匿名性保護」という方向性自体がおかしいというつもりはない、ただ、私が問題視しているのは、それが特商法の解釈論としてどうかということだ。 


 noteの対応の背景は、そもそも匿名言論の発展した現代のネット社会において特商法の要求が時代遅れだという「立法論」なのではないかと推測され、それ自体は面白い見解だが、少なくとも、現行特商法の「解釈論」から見る限り、この法的判断には大いに疑問が残るとしかいいようがない。そして、もし万が一noteのような、ビジネス上の判断を優先させ、コンプライアンスについては法務的グレーゾンに踏み込んでもいいという発想をする企業が多数でてくれば、消費者庁が特商法の改正(ないしはガイドラインの作成)を行い、(今の時点でも既に厳しい)特商法の規制を強化するという未来は容易に予見可能である。その意味で、これは、noteだけの問題ではなく、消費者法の規制を一生懸命遵守している「真面目な企業」にも影響のある問題である。 



  さて、有名な企業法務ブロガーの方がおっしゃっているとおり、批判するだけでは建設的ではない。そこで、建設的提案をしてみたい。


  もしも、特商法的にグレーなところなく、クリエーターを本当に守りたいのであれば、「クリエーターが売り主で、noteはプラットフォームを提供しているだけ」という建前を変える必要があるだろう。

  つまり、noteがプラットフォームではなく「売主」となれば、特商法上の責任を負うのはnote側であり、クリエーターではなくなる。

  これにより、noteは、売主としてコンテンツについての責任を問われる等、リスクは上昇するが、それによって、クリエーターの匿名性を守ることができる。 

 クリエーターの匿名性を守るためにリスクを取るのか、それとも、クリエーターに(特商法上の表示義務を含む)リスクを負わせるのか。私の狭い法務経験ではこれは2つに1つの選択であって「いいとこ取り」はできないように思われる。

  Note運営様には、上記をご配慮の上、売主として責任を負うというビジネス判断をして頂き、それによって、クリエーターの匿名性を、消費者法上一切グレーなところなく保護して頂きたいところである。 


 2014年4月19日早朝  記


川村先生にご紹介頂きました。ありがとうございます。川村先生のポストも参考になります。

https://www.facebook.com/KTetsuji/posts/658857860848334?notif_t=like

2014年4月20日 追記

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コメント (19)
度重なるコメント、ありがとうございます。橋詰先生のコメントに不快感を抱いた訳ではなく、逆に私のレスが攻撃的に感じられたとすれば、こちらこそ申し訳ございません。何度かのやり取りの中で、noteをBtoCでやるという提案のフィージビリティにつき、当初のネガティブな方向のご反応から、橋詰先生の一定程度のご理解を頂ける状況までに至ったようであり、このことについて、ほっとしております。
なお、運営がnoteを企画した際になぜCtoCにしたかという観点からは、ご指摘の通り、もうcakesでBtoCはやっているからということなのだと思います。ただ、同社は、CtoCを前提としながら「クリエイターが、安心して利用(製作、販売)できるようにする」ために、特商法の規制を潜脱しようとしており、そこが問題です。私が指摘しているのは、「クリエイターが、安心して利用(製作、販売)できるようにする」という「志」自体は間違っていないものの、CtoCを前提としながら特商法の規制を潜脱することでこれを実現するのは不適切であるということです。
差別化は、同じBtoCの中でもできるはずです。cakesは、そこで発信できるクリエーターを、運営が認めた一部の少数者に限定する仕組みです。しかも、購読は定額読み放題が原則のようです。そこで、noteを「発信したいクリエーターであれば、原則制限しない。課金方法はペイパービュー」というビジネスモデルにすれば、同じBtoCでもcakesとの差別化は十分可能なのではないでしょうか。
橋詰先生とのやりとりで、企業法務の大先輩である橋詰先生にいろいろとご指摘頂き、大変勉強になりました。ちょうど、法務からビジネスへの「解決策の提案力」について、更に磨きをかけなければいけないと思っていた所であり、先生とのやり取りを受け、その思いを新たにしたところです。どうもありがとうございました。
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