遺族補償年金の解消を立案という目で見てみるの巻

遺族補償年金がまたぞろ話題になっている。元々知る人ぞ知る女性優遇、男性差別の規定として残っていたのだが、裁判所の判決のキツさと相まって、アンチフェミニストの間からは司法の女性割の一つとして取り上げられている節もある。今回はこのようなカビ臭い規定がなぜしつこく残されているのか、立法府はなぜ放置してるのか?…について、本当のところはともかく改正の難しさという観点から書いてみる。

元々話題のきっかけとなった裁判で憲法適合性が争われたのは地方公務員法の規定だが、実際は同様の規定が国家公務員法、労働災害補償法にもあり、いずれも似た書きぶりになっている。具体的には下のとおり。

第十六条 遺族補償給付は、遺族補償年金又は遺族補償一時金とする。

第十六条の二 遺族補償年金を受けることができる遺族は、労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であつて、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたものとする。ただし、妻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)以外の者にあつては、労働者の死亡の当時次の各号に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。

 夫(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)、父母又は祖父母については、六十歳以上であること。

 子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること。

 兄弟姉妹については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること又は六十歳以上であること。

 前三号の要件に該当しない夫、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹については、厚生労働省令で定める障害の状態にあること。

ここで注意してほしいのは、16条の規定である、遺族補償としては一時金と年金の両者が定められており、年金が受け取れない場合でも一時金は受け取れる。ただしもらえる総額としては、基本的に年金の方が圧倒的に上である。上記の規定のただし…から始まる文を見てもらえればわかるように、妻は無条件、それ以外の夫や子、真顔、兄弟姉妹については年齢や障害といった要件が設けられており、要件を満たさない限りは一時金の受給しかできない。
この規定について、裁判所はどのように理解しているのか?ここでは大阪地裁の判決文を抜粋する。(余談だが、この規定について、かつての裁判では、地裁は違憲、高裁で合憲、最高裁で確定となっている。)
「地公法においても〔,労基法,労災保険法, 国家公務員災害補償法と〕同様に,遺族補償年金 を職員の死亡によって扶養者を喪失した遺族で稼 得能力を欠く者に支給するため,妻については, 一般的には就労が困難であることが多いことなど を考慮して年齢要件又は障害要件(以下「年齢要 件等」という。)を設けず,妻以外の遺族で高校 卒業時より55歳未満の者については,他の公的年 金との均衡を考慮し,年齢要件等を設けた同法32 条1項が制定された。」

地方公務員法の裁判なので引用条文は違っているが、端的に言えば、妻をはじめとする稼得能力を欠く者について遺族補償年金を支給することとした…とあり、稼得能力の有無が遺族補償年金を渡すか否かのメルクマールとなっている。
実際に、遺族補償年金の打ち切り事由として、労災法では、婚姻(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)をしたときが挙げられており、とりあえず自分で稼げないか、養ってもらえない人には年金という形で差し上げましょうという規定であることがわかる。

したがってこの趣旨に鑑みて男性の年齢要件を削除しすることを考えたときに、一つ問題が出てくる。それは男性の年齢要件を削ることは、(規定の趣旨から考えれば)一般的に男性に稼得能力がないことを示唆することにならないか?ということである。
一見意味がわからない結論だが、該当規定の趣旨を維持した場合はそうならざるを得ない。該当規定は年金支給のメルクマールとして、稼得能力を要件にしている。したがって何らの要件なくもらえる属性は、稼得能力がない人たちなのである。男性についても稼得能力がないと考えなければ、年齢要件を削除することは規定の趣旨に反する。

そこでいっそ、こんな規定はおかしいのだから、趣旨も含めてひっくり返そう。という考え方が出てくる。その場合に出てくる新たな遺族補償年金の制度趣旨として、例えば、配偶者が死んでしまい生活に苦しむ人の生活保障を目的とすることがあり得ようか。その場合は例えば年収がメルクマールとなり、一定年収以下の人を対象に年金を支給することになる。
ここでの問題はそれで誰が得をするのか?ということである。まず一つ言えるのは、金額について再考する必要があるだろう。配偶者が死んで生活に困る人を対象にする以上、与えられる額は生活に困らない程度の額にせざるを得ない。次に、既得権益者(ここでは妻や一定年齢以上の夫)との関係が問題になる。本来、余計な改正がなければもらえたであろう年金が、本改正によりもらえなくなることになるのである。
詰まるところ、遺族補償年金の趣旨を変えることは線引きを新たに引き直すに過ぎず、結局貰える人と貰えない人が出てくる。全ての人に年金を…と言えば聞こえばいいが、例えば大金持ちの人にまで、配偶者の死を理由に年金を支給するのだろうか。それにも違和感がある。
まあそんなこともあり、誰が見てもおかしな規定であることは間違いないのだが、改正するのも難しく、裁判所も結局、社会保障政策は広い立法裁量が…という形で逃げているというところであろう。

とはいえ、こんな結論おかしいよ…とは筆者も思っているので、今回の判決を楽しみに待っている。



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