任務は暴君の商館で

 踏み出した一歩が地面に着くたび、そのかすかな音を聞きつけて番犬が飛び出してきやしないかとヒヤヒヤする。
 この商館は広いし、どこに番犬が控えているかもわかっている。さらにいえば見回りの時間も事前に調べているので、この時間この通路には、警備の人間はこない。それがわかっていても、やましいことをしていると、一挙手一投足に気を使ってしまう。もしも見つかれば、罪人として捕まるだけでなく、打ち首の上で晒される、という可能性もある。
 それだけ、いまメックが足を進めている商館の持ち主は気性の激しいことで知られていた。もしも、メックがその話を聞いていただけならば、市井の人間は、なんでも多少誇張して話したがるもの。だから、それもいくらか誇張されているものだろう、と言って信じなかったかもしれない。
 しかし、事前にこの商館を調べるに当たって、執事見習いとして潜入したメックは知っている。その話が誇張でもなんでもなく、事実であり、この商館の持ち主であるフルラー卿の気性が激しいというのを目にしている。
 なにしろ、潜入し、先輩執事に真っ先に教えられたのが、たとえ血生臭いことになっても悲鳴をあげることなく、目の前で起こったことを粛々と受け止めること、という教えだったからだ。
 はじめはなんのことかわからなかった。が、メックが潜入して3回日が落ちた頃、その時は来た。屋敷のロビー。正面に階段を持ち、後ろには玄関というその中心で、頭にずた袋を被せられたひとが入ってきたのだ。
 そこから先起こったことを見たときのことを思い出すと、メックは悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたくなる。
 連れてこられた人は、手足を次々に切り落とされ、最後には首を絞められて絶命した。
 下心があって潜入しているメックは、まるで己の未来を啓示されているようで、激しくなる鼓動をおさるのがやっとだった。
 しかし、それも今日で終わる。今回フルラー卿の商館に潜入することになったのは、フルラー卿の商館に、現皇帝の財宝館から盗み取られた宝石があるという情報が入ったためだ。
 そして、右手には商館の奥にある秘密部屋の鍵。
 その秘密部屋には、現皇帝から奪われた秘宝が隠されている。
 もしも本当にあれば、皇帝から宝石を盗んだということで、窃盗罪。さらに、その宝石にはある曰くがあるため、反逆罪でも裁かれるだろう。その宝石について回る噂は誰もが知っている噂であり、フルラー卿が知らないということは考えられない。フルラー卿が何を考えてその宝石を盗んだのかはわからないが、とにかくいま、メックが考えているのは、一刻も早くこの商館から宝石を奪取し、1日も早くこの商館から立ち去りたいということだけだった。

 永遠にも思える廊下を踏破し、職務の中で必要だったため教えてもらったものや、職務を行いながら密かに見つけていた隠し通路を通り、ついにメックは秘密部屋にたどり着いた。
 周囲を視覚と聴覚で念入りに確認し、秘密部屋へと鍵を差し込む。
 解錠するガチャリ、という音が異様に大きく響くように感じながら、努めて音を立てないように部屋に侵入する。
 そして部屋の扉を閉め、内側から鍵を掛けたところで、緊張の糸が途切れため息をついた。
 部屋の中央へと向かって足を進める。
 そこには様々なものが雑然と積まれていた。
 人が歩くだけのスペースは、確保されているが、それもそのスペースを確保した、というよりは、歩くのに邪魔だからものを寄せた、という様子だ。
 異国のものであろう陶芸品や、宝石が埋め込まれた武具の類。土に根を張っていないのに、枯れる様子のない花など。その部屋にはメックの視線を奪うものばかりが散乱していた。
 部屋の中を進み、表面上に見えているものは一通り見終わる、という頃になって、ついにメックの目的のものは見つかった。
 それは六芒星の透き通った水晶だった。
 その美しさに思わず目を奪われ、しばらく立ち尽くしていたが、やがて月明かりが水晶に反射したことで正気に戻ると、慌ててその水晶を懐に入れる。
 これで第一目標は達成した。残る問題は無事にこの商館から脱出することのみだ。
 この部屋に窓はない。帰りも細心の注意を払って帰らなければならない。もちろん誰にも見つかることなく、だ。帰る先は依頼主が示した廃屋。そこに着くまでに誰かにこの水晶を持っているところを見られてしまえば、メック自身が反逆者として通報される可能性もある。
 帰りの難易度の高さを思い、メックは、息を一つ大きく吸うと覚悟を決め、秘密部屋の扉へと手を伸ばした。

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