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最短ルート



何百キロも離れていても、この地面を辿った先にあの人がいる。

この事実は私にとってあまりに強烈だった。







『釜山で会いましょう』

大先輩のコンサートにサプライズ出演した帰り道、私の好きな人はカメラをしっかりと見つめて確かにこう言った。

様々な混沌を見聞きしつつも、本人たちの言葉だけを信じていれば良いと日々自らに言い聞かせているオタクにとって、このタイミングでこんなに救われた言葉はなかった。


その彼が、釜山に姿を見せるよりも早く、私の暮らす国に降り立った。







SUGA of BTS
Agust D
민윤기

眠れない夜。憂鬱な朝。
風が吹いた春。胸を突いた夏。

世界の片隅で膝を抱えて泣いていた私に、何度でも光をそそいでくれた人。

出会ってから今日まで、すべての瞬間に寄り添ってくれた特別な人。

寄せた恋心はいつしか自分でも抱えきれないほどの愛になった。




そんなしがないオタクの"世界のすべて"であるユンギさんは、空港に向かう何時間も前からたくさんのカメラに注目されて、世界に名を馳せるNBA選手と互いの血汗涙の結晶にサインを交わし合う大スターなのだ。

私にとってたったひとりの特別な人は、
世界にとってもうんと特別な人。

そんなわかりきっていた事実をまざまざと思い知らされて、私はとてもしんどかった。





最初は半信半疑だったユンギさんの来日が現実となってから、私はほとんどTwitterを見ることができなかった。

世の中には色んな人がいて、BTSのSUGAを全く知らなくても信じられないくらい間近で私の好きな人とバスケを観られる人がいる。

私がどんなにユンギさんが好きで、毎秒願って焦がれてもなお叶わないのに、たまたまそこにいた有名人だからという理由だけでユンギさんの姿をその目に映し、カメラにおさめる人がいる。

耐えられない、と思った。




おびただしい情報に溢れるSNSの空気から少し離れて、NBAの試合を見ながらユンギさんとふたりきりの世界を生きることに集中しようとした。

それでも、その日いるのかどうかもわからない試合の配信を見始めてほどなくして、画面の傍らに小さく映り込んだその腕組みを見つけたとき、やっぱりあっけなく私の心は思いきり乱された。


こんな光景を目の当たりにしたら、私だってついつい夢見てしまう。

自分でも思いがけないタイミングで、愛しい姿をひと目見ることが叶っていたかもしれない世界を。

私が都心に住んでいたら?
NBAのチケットを取れていたら?

そしてその姿をひと目この目に焼き付けた瞬間、私はきっと神様の存在を信じてしまうんだろう。もう随分前に信じるのをやめた神様が、私に甘いご褒美をくれたと。人生は捨てたもんじゃないと。

神様はほんとうにそういういたずらをすることがあるから。

あの時あんな風に私を見捨てたくせに。

そして人はそういう世界線にめっぽう弱い。




止せばいいのにためしに会場までの最短ルートを検索してみたら最短もくそもない現実が表示されて、そりゃそうだ、と鼻で笑ったら涙が溢れた。




あーーーどうして私はこんなに可愛げのない不貞腐れた人間なんだろう。

落ち着いて考えれば、ホテルにピアノありました戦メリ×Seesaw弾きます、ヘアセットしてメイクしてスカジャンキメてバスケ見に行きました盛れてる俺どうかなアミ、そんなふうにInstagramをアップしてくれる私の推し、愛おしいがすぎるじゃない、可愛すぎるじゃない。

なんかおしゃれな音源で編集されたおしゃれなカットも上げていたな。きっと映像を編集したのはユンギさんじゃないんだろうけど(そんなところも大好きです)

日本に来てくれてありがとう。
ユンギさんがいるから空気が美味しい。
すてきな旅でありますように。
またすぐ日本に来てね。

私だってそう素直に伝えたかったのに。










とまあ、とりとめもなく語ったけれど正直、ユンギさんが試合中に思わずトラベリングのハンドサインをしたり、熱い局面では身を乗り出すように腕組みを解いて試合に見入っていたり、シューズをプレゼントされてなかなかお目にかかれない悩殺弟スマイルを繰り出している姿を見たら、私が数日間心をかきむしるように苦しんでいた切なさの半分はどうでも良くなってしまった。

オタクってめんどうくさくて単純だ。

つまるところユンギさんが健康で幸せで、うんと満たされていればそれでいいのだ。

それでも残り半分の切なさで、まだしばらくは彼の日本の旅をまともに見られそうにないけれど。









ユンギさん

日本の旅はどうでしたか
また来たいと思ってもらえましたか

とっても会いたいのに早く帰ってほしくて
ずっと帰ってほしくなかったです

いつかちゃんとあなたに逢えますように
この目で見つめられる日が来ますように

その日まで必ず元気でいてね

愛をこめて

2022.10.2 世界の片隅のユンギペンより

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