見出し画像

電車で不本意に腹筋を使う話

私は中学生の頃からずっと不思議に思っていることがある。
それは、

なぜみんなお腹が鳴らないのか問題

である。
鳴ったとしても気にならないくらい小さいような気がする。

最初に感じたのは中学生の頃。

私は3食食べる人間で、学生時代も社会人になってからも朝ご飯はしっかり食べる方だ。

いつも準備万端で授業に挑むのに、絶対に私のお腹は給食までもたない。
隣の席の男子から「腹、減ったよな」と、冷やかしでもなく冷静に共感されて複雑な感情だった記憶がある。

じゃあその前に食べればいいじゃんという話だが、学校では食べ物は不要物に属する。
成長期なのにひどい話だ。

部活の顧問が厳しく、抜き打ちの荷物検査でバレて部活中ずっと筋トレだけさせられるハメになる部員をたくさん見てきたので、筋トレだけとか辛くて嫌だし、怒られるのも嫌だと徹底して不要物を持ち歩かない真面目さを当時の私は持ち合わせていた。

えらい。
ただのびびりともいう。

ま、そんなものは学生時代だけだろうと思って
「今だけ!!」と歯軋りする気持ちで学生時代を乗り越えた私だったが、その壁は社会人になっても立ちはだかることになる。


私は最近、片道約1時間半、週3回にわたり電車を利用している。

帰りの時間ともなると私のお腹で飼っている一匹の猛獣がうめき声を上げる準備をする。
下手したらそこらの野生のライオンより獰猛なので私のいうことなど聞いてくれない。

これまた、じゃあ食べればいいじゃん。
不要物とかないし。という話である。

私もそうしたい。
一刻も早くお腹の猛獣にエサを与えて落ち着かせたい。

けれど私の住むところは都会と違って数分後に電車がくるなんてことはない。
一本電車を乗り過ごしたら、「はい、1時間後ね〜」のスパルタな田舎世界なのである。

いつもギリギリのタイミングで終わり、電車は乗り過ごしたくないし、乗る前にさっと食べられる時間がない。
ましてや最近はコロナ感染も気になる。

いつも仕方なく電車に乗るのだが、なんせ田舎行き電車である。
都会のようにぎゅうぎゅうに人が詰め込まれるわけでもなく、ほどよく人がいるというような感じで、騒音がない。
電車といえど、案外静かなのだ。

通路を挟んだ隣の席には若い男性二人組。
私の隣には30代くらいの女性。
他にもいるが、近いところがそのあたり。

射程距離があまりに近い。
攻撃相手なら最高なのだが、生憎戦う相手は己の腹に君臨する猛獣である。

自称お腹鳴り困った会会長を長年務める私は、お腹が鳴る前の、これからお腹が鳴りますよ〜というサインは感覚でわかる。
残念ながら直前だが。

中学生の頃から研究を重ね、お腹が鳴る直前に、腹筋に死ぬほど力を入れるとお腹の音をねじ伏せるか、鳴っても最小で済ませることができるという技を編み出した。

喉元を押す、背筋をのばす、水を飲むなど様々試してみたが、この技が1番有効的だ。
一時ロングブレスが流行ったが、まさにあんな感じ。
え?筋トレ?筋トレしてんの?と脳を錯覚させるねらいだ。

さて、出発まで後2分。
早速で申し訳ないが、私のお腹の猛獣はもう既によだれをたらしていて、息切れすらしているようだ。

きたきたきたというタイミングで腹筋に全集中する。

「クゥ。」

よし、乗り越えた。
え?鳴ったじゃん。と思った人がいるかもしれないが、ここまで最小に抑えられたらかなりいい。

なんせ1時間半この戦いが続くのである。
帰りはグダグダしたいところだが真剣勝負なのだ。


ある駅で電車が行き違いの電車を待つため4分停車する。

4分となると、エンジンがシューーーと音を上げてから、シーーーーンと静まり返った空間になる。

ボールペンをカチッと押したら1車両のはじまでギリ聞こえるレベル。

そんな静けさの中で本日の山場はやってくる。

乗車してから1時間15分経過、もう戦いも終盤だ。
私はここ1番と思って腹筋に力を入れたが、音をおさめたというより………鳴ってない……?

もうロングブレスで汗かき始めてる。
マスクでよかった。
今見られたら私の顔だるまみたいに真っ赤だ。

ふぅ、と休憩したところで

「グゥゥウウウウウウウウウウ⤵︎ゥウウウウウ⤴︎」

………鳴った。
盛大に鳴っちまった。
なるほどね、ちょっとタイミングずらしてくるタイプね。

うざいくらいに調子のいい腹の鳴りだ。
最後に音程なんか上げやがって。
もう、私くらいになれば直前にわかりますよとか余裕こいて、お腹の鳴り予測できてないじゃん。会長辞任だ。

周囲の人たちの、直接的ではない心の眼がめちゃくちゃこっちに向けられているのがわかる。

もはや恥ずかしさとロングブレス、どちらで顔が赤いのかはわからない。

悲劇が起きて数分後、戦いは終わった。

降車駅に着いて開くドアから入る風が、冷たくて気持ちよかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?