復讐心は蜜の味

 逃げるのは楽です。ただ背を向けてしまえばそれでおしまい。最悪、死ねば良い。

 目をそらす余裕もないほど追い詰められる局面なんて、現代日本じゃそうそうないのではないかと思います。

 だから、とは言いませんが、僕の基本的なスタンスは逃げです。

 辛ければ、苦しければ、嫌ならば。

 どうせ誰かがなんとかしてくれる。なんて。他力本願の身勝手野郎ですね。

 誰もなんともしないのなら、その程度の問題に悩んでいることさえばからしい。なんて自己弁護。


 ただまぁ、最近。他人に対する復讐に思いがけず成功してしまったことがありまして。


 以下、クソ以下の内容になりますご注意を。


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 僕には嫌いな人がいます。

 質問すれば「お前そんな事も知らないの?」が枕詞。

 どうでもいい知識を頼みもしないのに長々と自慢げに何度も語り、この前聞きましたよ、なんて言えないので「そうなんですか!知りませんでした」みたいなリアクションを返せば「何言ってんだこの前話しただろ」と返される。

 簡単な仕事もやっといての一言でぶん投げる。そのくせ自分は居眠り。

 訳知り顔で人の趣味、まあ、僕のオタク的趣味は年配の方から理解を得られない事は理解してますが、くだらない、役に立たないとせせら笑う。

 僕が座ろうとした椅子にヘラヘラ笑って足を載せたあと、「冗談だよ、座っていいぞ」と足を載せていた椅子に座るように言ってくる。

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 まあ、人によってはその程度で、なんて思うのかもしれませんが、僕にとっては積み重なったそれらは許したくないもので。

 許すとか許さないとかいう天秤に載せることさえ嫌な事で。

 嫌がらせのようなこともしていました。

 他の人相手なら手伝ったり、あらかじめ仕事を始めやすいよう事前に用意しておいたり、というサービスをその人に対してはしない、とか。

 「どのくらいまでなら態とやってる事がバレても怒られないかな」なんて考えながら仕事してましたよ。クズですね。しねぼく。


 あとはまあ、なんというか。

 インターネット掲示板のようなものがありまして。

 見れば会社の隠し事とか社内での揉め事だとか、嫌な奴への悪口で溢れてるところなんですけど、そこを見てました。読み専でした。

 まあ、僕の嫌いな人は周りの大抵の人から嫌われるか、そうでなくても煙たがられていたので、ちょっと検索すれば溢れるほど悪口や悪評が出てきました。

 そう。検索すれば。

 僕か、あるいは他の誰かも同じように検索していたのか、ある時予測変換に出てきてしまったんですね。


 田中(仮名)死ね、と。


 やべぇやっちまった!と思いましたね。個人のパソコンではないので誰が検索したか特定するのは不可能ですが、そんな事になるとは。僕の考えが甘かった。

 しかもそれを本人が発見するという。

 いや、もっと前に見つけた人もいたのかもしれませんね。

 ともあれ。

 騒ぎにはならなかったんですけどね。

 その人も騒がなかったし、それを見ていた人も特に何をすることもありませんでした。

 事件にはなりませんでしたが、驚くその人を見て、胸がすっとするのを感じました。

 いや、正直バレたらどうしようって動揺もありました。でも罪悪感はありませんでした。


 そんな小さな事件として終わったその一件以降、僕の心情に多少の変化がありました。

 僕はその人のことを、心の中だけで(間違っても口には出しませんでしたが)“死ね”と呼んでいたのですが、その一件以降心の中でも普通に名前で呼んでいました。

 脳内で、顔を見た瞬間嫌悪感しか湧かなかった相手を人間として扱っている自分に気がつきました。

 愕然としましたね。こんなやつを人間扱いするなんて、と。

 たぶん、あの時。自分の悪口が予測変換に出てきたことで与えたであろう精神的ダメージ分、その人の事を許せたのだと思います。

 復讐。報復。

 そんなことをしなくても相手と手を繋げる人はいるでしょう。

 ただ、どうやら僕はそうではなかったようです。

 こうして文章にしている今も、正直悪いことをしたとは思っていません。もちろん世間的には悪いことです。僕は間違っています。

 けれど、例えば時間が巻き戻って、やり直すチャンスがあったとして。

 じゃあこのイベントを避けようとするかと言えば、そうはしないと思います。

 何度だって繰り返す。

 

 なんなら次はエスカレートしてるかもしれませんね。

 結局、僕はそういうやつなんだなぁと。

 正当防衛とかなんとか言って、人を殴りたいだけのやつなんだなぁと。

 思いはしても、思い直さないタイプの僕です。




 最後のレストランって漫画があるんですけどね。

 毎回歴史上の人物が突然現代日本のレストランに現れ、食事をして何かを悟り(?)帰っていくというお話です。

 その回は処刑寸前のスコットランドの女王、メアリースチュアートが来店する話だったのですが、主人公(?)の料理人は、メアリースチュアートに『自分の血と肉で料理を作れ』と言われてしまいます。

 料理人は、シチューにイカスミを混ぜた中身の黒いコロッケを提供しました。コロッケの中身の黒色は貴女の憎しみを表しています、という料理人の言葉に対してメアリースチュアートは、「私の憎しみってずいぶん美味しいのね」と表情を柔らかくし、「美味しいからこそみんな食べたくなるんですよ」と料理人は答えました。

 きっと、嫌な思いをすれば多くの人が拳を振り上げたくなるのでしょう。

 誰も彼もが、常に優しく出来るはずもなく。

 美味い美味いと真っ黒いモノに手を伸ばす。

 手を伸ばすのも、それを人の汚点と見るのも、愛らしさと見るのも同じ人。

 同じ人であるならば、同じ料理の並んだ卓を囲んでいる事を、忘れないように。

 

 僕が言っても説得力ないですねぇ。