陽の翳り その2(投げ銭)

https://note.mu/agi/n/n04590d72768b の続き。数日後。

匂う布団の中で、汗と湿気が不快に思った。 女の匂いはすっかり消えていた。


陽が沈みかけ、隣の白い壁を赤く照らし、部屋の隅々は黒い空間がはびこっていた。仲良くやってきたつもりが、その闇も不快だ。それを見てるとますます自分に価値が無いように思えてしまう、、、。実際そうなのかもしれないが。


腹が空いた。2日ぶりか。布団から右足を出してみるとひんやりとする。汗ばんだ肌から熱が奪われていく。冷蔵庫の中にはなにか食べ物があっただろうか? 思い出そうとしてみるが全く記憶に無い。そうしてる間に急速に部屋全体が闇で埋められていく。


抗鬱剤をやめたからか。女たちにテストされた日から飲んでいない。あれから3ヶ月くらいは経ったか。頓服に抗不安薬を持ってはいるがそれも飲んでいない。症状はある。日々酷くなっているのがわかる。陽が落ちて、陽が登って、雨が降って、雨がやんで、そうして時間の経過が知れるとき、全身が一気に強張りはじめる。呼吸のリズムと価値を失っていく。今まで症状をどれだけ振り切って様々なことを成し得てきても、結局、自身のためにはなんの価値もなかった。誰かから感謝の言葉らしきものをもらっても、ただただ虚しく、そしてそのことに呆然となるばかりだった。


部屋が闇で完全に埋め尽くされた頃、腹が鳴った。食うか。闇の中に立ち上がった。腹がここまで減ると体も動くのだな。そう思った。冷蔵庫にはラップに包まれたハムとよくわからないチーズのサンドイッチと瓶のヴァイスビールが1本あった。それだけだ。それだけだが、この上ないご馳走に思えた。部屋の明かりを点け、テーブルの書類を床に落としてサンドイッチの皿を置き、ビールをグラスに注ぐと、少し心が軽くなった。「操られたな」と思った。女は辛抱強く待ち、そしてそのときのスイッチの入れ方を知っていたのだろう。部屋の中に酵母の香りが漂った。


「すまない」スマホで女にメッセージを送った。まもなく、というよりすぐに開封されたが、返信はなかった。雲がかかった月を窓から見上げた。ミルクパンを出し、牛乳を注ぎ、適当な量のアッサム茶を放り込み、壁に寄りかかって天井を眺めた。女に会いたい。


朝に気づくことなく、資料を読み続けた。女からの連絡はなかった。「二度と会えなかったら?」と考えた。胸が苦しくなる。そもそも、あのよくわからない求人での、審査する側と審査される側の立場だった。なぜそのあと、半同棲のような、、女が数日間帰ってこないなんてこともよくあるけど、そんな生活になったのか。


部屋の中を改めて眺めてみた。実家を出て約15年、必死だったその常々の想いが染み渡っている。大都会の片隅に隠れるように生きてきた。誰にも心を開けず、誰の心にも近づけず。しかしそんな俺の前に女は突然現れた。もちろん仕事上の関係だろう。いっしょに暮らそうとも、その中でセックスに至ろうとも、監視され指示される立場だ。15年守り続けた自由はいつの間にか消え去った。そして今、自分がなんのために毎日資料を読み、『要素』の関連を頭に詰め込んでいるのか、なんのために生きているのか、それがわからない。

==========終わり==========

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あ。前回、投げ銭して頂けて、ほんと!嬉しかったです!ありがとうございます! すぐに続きを書きたかったのですが、本当に寝込んでいました。たまには現実世界でもビール飲もうかな~。

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