眠れなかったから、物語でも紡ぎますか

年末も近づいてきたね。まだ日にちはあるけれど、靴の中に入った砂つぶよりは気になる。正社員を辞めてからいろんな短期のバイトをしてきたけど、年末はやはりお歳暮だね。売り子じゃなくて、冷蔵室で箱詰めして出荷するバイト。毎年毎日同じメンツで、昼休み以外ガンガン働いてた。みんな明るかったから、僕のことだけ記憶にない人もいるかもしれない。なかなか明るく振るまえなかったから。
職場は隅田川のすぐ近くだった。静かに、キリッと冷たい風をあの暗く沈んだ工場地帯に運び込んでいた。
みんな、ほんと明るくて、僕は可愛い子を気にかける余裕が全くなかったから、お昼の時間も誰かに声をかけたりとか、いっしょに食べようだとかなくて、コンビニで飲み物とパンを二つ買って、その冷たい隅田川のほとりのベンチで食べていた。十二月の川のほとり。
二年目だったかな。期間は一ヶ月半くらいあるのだが、確かその一日目だったと思う。前年と同じくお昼をコンビニで買って隅田川のほとりのベンチに座ったとき、50メートルくらい離れた隣のベンチに座っていた人が立ち上がってこちらへ向かってきた。「さいとうさん?」いっしょに働いてる子だった。前年もいっしょに仕事をしてたが、作業以外ではほとんど話したことがない女の子だ。毎日の帰り支度にはいろんなモノマネをしていて、E.T.のマネをしたときにだけ、「E.T.って英語で話すんじゃない?」とツッコンだことがあった。だって、日本語で「ぼく、E.T.」って言ったから、おもわず。
彼女は「さいとうさん、もしかして去年もここで食べてた?」と。「うん、ここ」。「なんでみんなと食べないんですか?」。「話についていけない」。「なーんだ。私、おととしからあそこのベンチですよー」。おととし? 先輩か。「去年、損しちゃったじゃないですか!」。「雨の日は?」。「マック」。「え?二階?」。「うん」。「僕、一階」。「なんだよー!」
「中心人物じゃん」。「え?」。「ここの」。

「・・・」

聞いちゃマズかったかな。「無理してんの?」。

「・・・」黙り込んでしまった。が、となりに座ってはくれた。話すことが全くないが。

飛んでる鳥の群れを見て、「カモメ?」。
「ユリカモメ」。これが唯一の会話になった。

午後の作業後、彼女は誰とも話さず黙々と帰り支度を済ませ、事務所のソファの端っこに座ってテーブルの上の何かを見つめていた。もちろんその態度に誰もが違和感を感じるどころか、誰一人口を開かなかった。そして戸締りをして、地下鉄駅へと向かった。彼女が一番前で僕が一番後ろを歩いた。

翌日の昼休み、珍しく曇天。昼食を買い川沿いに歩いていくと、彼女は『僕の』ベンチに座っていた。何も食べずに。
となりに座ったが話すことがない。明らかに困った表情を浮かべていたと思う。うつむいて川面を眺めていた。
しばらくして、いや、10秒くらいかもしれないけれど、いきなり目の前にストローが突き出された。「これ、新発売だって」。見たことのない野菜ジュースだった。ひと口飲んでみた。「どんな?」美味しいとも不味いとも言えない味だった。が、なんて言えばいいか、うまく言葉が出てこない。しばらく、やはり川面を眺め、困り果てて下唇を噛み、横目でこっそり見ると笑いをこらえている彼女がいた。

「なんて呼べばいいの?」「はっしぃ」。みんなが呼んでいるニックネームだ。
「本名は?」
「へ? それ知らなかったのー? はしもとよ!」はっしぃから想像できたな。
「ね! わたし、駅、祐天寺なの」
「え?」
「それも知らないのね。昨日だっていっしょの車両だったのに」
「・・・」言葉に困る。
「ね! お願いがあるんだけど・・・」
「なに?」
「一駅前から歩いてくれない? いっしょに」
「ん、、 うん。いいよ」。
今度ははっしぃが川面を眺めていて、それから近くを飛んだユリカモメの群れを鋭く指差し、「そういうことではないのよ!」。

「わかってる」遠く離れてゆくユリカモメの群れを目で追いながら言った。「でもさ・・・」。
「ん? なによ?」。
思わず声を出して笑った。「なんでもない。こっちのこと」。
「なーにー?」。はっしぃは体を乗り出してこちらに笑顔を向けていた。はじめてはっしぃの顔を近距離で正面から見た。

「なんでもない」。ユリカモメの群れが半円を描き、こちらに戻ろうとしていた。

「帰りに聞き出すからね!」

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