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革命教育。清い闇のひび割れ。(短いよ)

月夜が明け、雲がないから静かに空が明るみ、今、この大都会の高層マンション群をピンク色に照らし始めている。

そう。月夜が明けたのだ。
そして俺は生きている。
月の光に照らし出されたこの延々と続く街を眺め続けた。この22階のマンションのベランダから。

長い夜だった。

月夜に照らされる中、後ろで女が言った。「ごめんね」
言われたくないセリフだった。
「あなたなら変えられると思ったの」
「街を?」
「違うわ」
「・・・。」わからない。「おまえはいったい何者なんだ?」
「今さら知る必要ある?」尖った声色が月夜を裂いた。「止めないわ。楽になって」涙声だった。

「おまえはいつ、俺の存在を知ったんだ?」
「採用試験よ」返ってくるとは思わなかった。「東京革命により国民主権自由経済原理が完成された」
「それか・・・。」
「そう。あなたは『日本国奴隷制度のはじまり』と書いた。200年前に日本国民によって起こされた、世界を解放へと導いた革命を否定した。世界の誰もが人類の誇りと確信していることを」
「おまえ、本当に東京都の行政委託会社の職員なのか?」違うだろうな。
「わたしは、、」

月夜に静かな沈黙が続いた。

「都知事に新たな革命を委託された者です」まさか?!な言葉が返ってきた。「あの革命は新たな経済システムの導入に不可欠だった。」
「え?」
「世界市民に自主的な消費を促す必要があった。革命以前、市民にはお金を保有する権利が認められていたの。今は知ってるように財政投融資分の預金を除けば、賃金は3ヶ月で無効となる」
「やはりそれは・・・」
「そう。ある一国の軍隊とロビー活動家による策略だった」
「しかしそのシステムの変更は可能なのか」
「どんな方法を使ったかは正確にはわからないけれど、世界人口の半分を殺したと・・・、記録を見つけたの」
「え? おい。待てよ!」
「歴史教育はその後50年以上停止され、新たな東京革命の勝利を謳う歴史が作られた。もちろん、新たな経済システムを世界市民が勝ち取ったと酔わせる歴史をね」短く息を吸った。「『王』という言葉を知ってる?」
「いや・・・。なんだ? システムエンジニアのチーフか」
「ふふ」女は夜空を見上げた。
「待て!待て! 『記録を見つけた』とはおまえがか?」
「『経済エンジニアと消費者しか地上に存在しないならば、僕はあの高い山を越えてシャングリアへ行こうと思う』覚えているわね?」
「ああ。迷信を信じていた。バカにするのか? いや、それよりも・・・、なぜ・・・、初等教育終了証ファイル、そのデジタル署名欄の落書きを知っている?」

女はまた夜空を仰いだ。沈黙の好きな女だ。

「ごめんね」女は涙を見せた。「この半年、苦しめてしまった。採用試験の後、死のうとしてたでしょ。あなたは3ヶ月分の絶望予防剤を溜め込んでいた。受験者一人一人調べたのよ。3ヶ月間も飲まないで生きてるなんて信じられなかった」女はうつむきながら長い髪に指を通した。

「もう苦しまなくていいわ」永遠に続きそうな響きだった。女は背を向けベランダから出て行った。が、呼吸の気配が室内に残っている気がした。気のせいか。

俺は闇の染み入った中空を見つめながら、女の言葉を繰り返し思い出していた。高く仰げば闇。しかし、世界の殆どはその闇に向けて光を放ち続けていた。

どれだけ時間が流れたろう? 突然、背中に響いた。「もしも・・・」女だ。「もしもこの夜が明けたなら、山を越えてみたらどうだろう?」山?「どこにあるかは簡単には言えんがな」

玄関が閉まる音が響いた。

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