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レベル3 はっしぃ

https://note.mu/agi/n/nbf1380c75731 の続き。

「さいとうさんのレベルはいくつ?」
僕は国民カードを財布から出してはっしぃに見せた。レベル5。それは薬漬けを表す数字でもあった。はっしぃはしばらく息を止め、僕の目を見つめていた。

隅田川の川面を洗う風は陽が落ちて肌をシビレさせるものになっていた。川面は黒く、ときどき通る小型の貨物船が立てる波だけが月の光を黄色く映した。
職場をいつものように皆で出たが、途中、はっしぃが「ちょっとコンビニに寄るね」と言い、「いっしょに選んでよ」と僕の袖を引っ張った。

「いつからレベル5なの?」
なぜかな? 僕が国民カードを人に見せるようなことは今までに無かったことだ。しかし、はっしぃに訊かれた瞬間、知ってもらいたい衝動にかられた。
「レベルが高いとは思っていたけど・・・」そこではっしぃも自分のカードをバッグから取り出し僕に見せてくれた。
レベル3。十分に高い数字だし、正直、自分以外でレベル3以上の人には初めて出会った。
「高校のときだよ。はっしぃはいつから3なの?」訊いて良いものか少し迷ったが、こちらも訊かれたのだ。いいだろう。
はっしぃは束ねた髪をほどき、隅田川の風になびかせた。そこにいたのは、はっしぃと呼ばれるような女の子ではなく、だいぶ大人びた女性だった。
「わたしね、薬飲んでないの」

返ってくるべき答えは霧散し、普通なら信じられないような言葉なのだが、ただ信じさせる力のある音の響きだった。その薬を飲まない行為は法律に違反する。
「どうせ、薬を飲んだところでなにも解決しないのよ」月が雲に隠れ、はしもとの言葉は闇に滲んだ。「だって・・・」
「苦しいでしょ?」言葉を挟んだ。
はしもとは頷きもせず、川面も見ず、雲から姿を表した月の光の下で、まるで風を見ているようだった。ソファの隅に座り、テーブルの上のなにかを見ていたあのときと似ていると思った。そしてこの闇の中での会話はいくつかのデジャブが重なっているかのような気がした。僕は選択に迫られているような気がした。過去からの自分と未来からの自分と、はしもとではない、はしもとと重なる誰か。
「私達が乗った小型ジェット機はものすごいスピードを出していたの」はしもとは静かに言葉を闇に流した。「私には全くわからなかったわ。なぜ、その飛行機に乗っていたのか。弟は4歳かな。5歳かな。どちらにしろ私も弟もなにもわからなかった。ただ、すごく速く飛んでいる、とはわかった」
僕は小学生の頃にテレビで見たニュースを思い出していた。
「飛行機の中はギュウギュウ詰めだった。私は父と母を呼び続けたけれど、二人は私に一瞥もしなかった。そして、本当に嬉しそうな顔をしていた。窓からビルが見えた。ビルとビルの間を飛行機は飛んでいたのよ」深くゆっくりとした呼吸の音がした。「直感でわかったのよ。去年の話よ。さいとうさんが一人でベンチに座ってパンを食べていて」はしもとは顔を上げて夜空を見た。幼かった頃、ほとんど見えなかった星が今ではたくさん見える。どこかの機関が大気中になんらかの化学物質をまいているからだ。「ほんと、一年無駄にしちゃった」はしもとはゆっくりと顔を僕に向けて笑みを浮かべた。
はしもとが再び口を開こうとしたとき、僕ははしもとを抱き寄せていた。
「一年前・・・」

駅のホームではしもとの表情は晴れやかだった。そして気持ちの良い笑顔を僕に向けた。
「一年前、さいとうさんがさっきのようにしてくれてたとしても、私はこの一年間も苦しんでいたと思う」笑顔のままだった。「自分を有りのまま知りたかった」
「え?」
はしもとは通過列車の前に飛び込んだ。

『小型ジェット高層ビル突入事件』の唯一の生き残りは、この世から消えた。薬が国民に強制されたのはあの事件の後からだった。

僕はこの日を最後に自殺予防剤をやめた。レベル5、世界で二人だけだという。もうひとりはどんな人だろう?


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矛盾があったらごめんなさい。
誤字脱字、ごめんなさい。
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ここから時間があくんだよ。言葉で埋めようとは思っているけど、書かないで終わるかもしれない。

いや、、 実はもう書いていたりして。数年前に。
そして僕もまた、自死を選ぶべきか悩むんだ。

これは参考程度に。 https://note.mu/agi/n/n0eb6e2bcfe6f
書き直すかもね~。

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