無題

あるとき、月の兎たちが餅をついてダンスを踊っていると見たこともない不思議な生き物が現れた。体の表面は真っ白でゴワゴワ、常に二本の足で立っている。まん丸な頭はすごく大きい。重くて硬そうな背負子から顔に管が繋がっている。

「あなたたちは?月の者ではないね?」
うさぎは言いました
「地球から着た」
「地球って?」
「あそこに見える青い星だ。母なる海が、大地があり、とても多くの緑に囲まれている。こことは大違いの素晴らしいところだよ」
「ふうん」
ゴワゴワした白い生き物は’地球’と言うところから来た’ニンゲン’という生き物だという。ゴワゴワは肌でも毛でも無く、’服’というものを身に纏っている。丸いのは頭を守る為の硬い帽子で、背負子からは苦しくないように空気を送っている、と言った。ニンゲンたちはここでは息苦しくって、厚着で守らないと生きていけない、などど聞いていないことをべらべらと話していた。
「君たちは見たところ、お餅しか食べていないし、ダンスしかすることがないようだね」
「ニンゲンもどうだい?月のお餅も悪くないと思うよ。それにダンスだってほら」
兎はぴょんぴょんと跳びはねて踊って見せました。決まり切った動きもルールも無いダンスはニンゲンには滑稽に映りました。
「君たちのダンスには品がないね」
「品ってなんなのさ」
「品って言うのはね、知的で優雅な暮らしをすれば身につくものなんだ」
「品があればダンスが楽しくなるの?」
「そうさ、楽しくなるとも。それに上達するよ」
兎達はダンスが楽しくなるのなら『品』というやつをもらえないか相談してみた。
「それで、その品ってのはどうしたら手に入るのさ?」
「そりゃ高い教育をうけて生活水準を上げることだ」
「高い教育って?生活水準って?」

月にはただただ広い荒野があるばかり。学校も試験も何も無い。
「大丈夫だよ、我々に任せなさい」
ニンゲンはそういうと、一枚の紙と赤いインクを取り出し、インクを兎の手のひらにつけると紙に押しつけた。
「ようし、これでOKだ。今からこの月は我々’ダイチキュウ国’によって資源開発が行われる」
言い終わるやいなや、遠くの方で爆発音がした。
「今の音は何?」
「この星に眠る鉱物はもう地球ではとれないんだよ。それを採取するために岩を爆発したのさ」
「岩なんて欲しいんだね、変わってるね」

数ヶ月後。この間まで何もなかった月には工場が建ち並び、大きなスコップが付いた機械が山を切り崩している。兎のための学校が出来、算数やダンスを学んだ。学校で教えるダンスは『品の良いダンス』だった。成績優秀な者は地球へ招かれダンスを披露した。地球では美味しい人参やキラキラの部屋、そして上等な衣装を用意してくれた。ほとんどの兎は地球の待遇に満足し永住を決意したが、一匹の兎はほどなく月へ帰って行った。

月へ帰った兎は仲間に会いに行った。みんな相変わらずお餅を美味しそうに食べている。

「どうして帰って来たの?地球の暮らしは楽しいって聞いたけど」
若い兎が聞いた。
「美味しい物はたくさんあったし、綺麗な場所もたくさんあったけど…なんか違うんだよなぁ。ここで踊ってたときと」
「何が違うの?」
「そんなに言うほど楽しく無かったんだよなぁ」
そういって兎は踊り始めた。

そのダンスは、地球より高く跳んで、地球より下品だったが
地球より自由だった。




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