7月20日(月) 森の少女

今日もまた母がトイレのタオルを引き抜く音で目を醒ます。
たった今、森の奥で暮らす少女×%○◼︎▷/*ちゃんは今日の食材となる木の実を探している。

曖昧な朝のスタート。にゃるらさんの日記を読む。7月6日の日記があまりにも本物の日記でやられた。
秋葉原に住んでいる人は、傘も持たず雨に打たれに出る先が秋葉原だから格が違う。

森の奥で暮らしている誰かの生活も今まさに進行している、と起きてすぐに思い至ったのは何故だろう。飛行機でニューヨークに降り立つ夢を見たからか。世界はここだけじゃない。

ニューヨークには桜が咲いていた。懐かしくて涙が出そうだった。ニューヨークに行ったことなどないのに。アメリカの桜。

出立し、改札に入ろうとして入れなかった。定期がない。自腹を切るより時給を削った方がマイナスは少ないため家へ翻す。ウケる。暑い。もう今日は行かなくていいのではないか。

森の奥で暮らす少女×%○◼︎▷/*ちゃんの父親は狩りに出掛けてすぐ弓矢を忘れたことに気付き、急いで寝ぐらへ引き返す。ウケる。寒い。でも今日は行かなくてはならない。

結局は遅刻しない範囲のラストトレインに小走りで滑り込んだ。
集めた木の実を持って寝ぐらへ向かった×%○◼︎▷/*ちゃんは、弓矢を携えて二度目の出発を果たした父親とすれ違う。言語を使わずにお互いを労い合う。

今この瞬間、男に恋をする男、男に恋をする女、女に恋をする男、女に恋をする女、犬に恋をする猫、イルカに恋をする人間、その他に恋をするその他がいるということに×%○◼︎▷/*ちゃんは思いを馳せなかった。

現代の狩場(会社の隠語)に着いた私は流れに呑み込まれていく。森の少女も、アメリカの桜も忘れ。
昼休みは『響け!ユーフォニアム』2・3話を鑑賞。部活のリアルを浴びるのはしんどいかと思われたがこれがめちゃくちゃ面白い。

「どういうアニメなの?」
「吹奏楽部に入った久美子ちゃんが、麗奈ちゃんと感情を交わし合う話だよ、多分」
「?」
「や、音楽のアニメなんだ」
「ふうん、あたしもね、音楽、あるよ」
と言って彼女は上手に草笛を吹いた。その音は1万2千キロ離れた私の耳に届かなかった。

午後、やることはないから何かやっているフリをひたすらやる。サボり場(トイレ)に何度も足を運ぶ。
×%○◼︎▷/*ちゃんの母親は植物のツルで食器を編むフリをしながら娘の運動を見ていた。

やることが、ないなあ。

私のぼやきは思念として1万2千キロを伝う、ことはなかったけれど確かにこの地球の記録に残った。

何度目かのサボり場でSNSを見ると保坂和志さんのテンション高めな投稿があった。保坂さんの溺愛するシロちゃんのお誕生日だ。なんてめでたい日だろう。

「シロちゃん、おめでとう」
「×%○◼︎▷/*ちゃんもお祝いしてくれるの?」と保坂さんは言った。
「だってあたしも17歳だから。一緒なの」
保坂さんは何も言わずに目を細め、気高い白い猫は鳴いた。

KAZUSHI HOSAKA
狩りを終えて戻ってきた父親が開口一番にそう発音した。
居合わせた森の長老が目を見開く。
KAZUSHI HOSAKA...」

日本時間で<定時>を迎えた私はするりとその場を去る。シロちゃんを言祝ぎながら歩いていく。
「君にとってKAZUSHI HOSAKAって何?」
声がした。×%○◼︎▷/*ちゃんの兄だ。
電車に揺られながら考える。こともなく、答えは決まっていた。

「「生きる歓び!」」

「...でしょ?」
声を被せてきた×%○◼︎▷/*ちゃんが笑う。
「お兄ちゃんはいつもね、楽しい歌を歌っているの。お兄ちゃんの歌であたしは、この森の全部を知ったの。
あたしにとってのそれが、あなたにとってのシロちゃんパパ、だよね?」

そうだよ。

ふと顔を上げた先は闇で、人工的な灯りが流れる日本の車窓だった。
少女の草笛に合わせて兄が歌うバースデーソングを、森の長老は目を閉じて聴いていた。
母は夫が持ち帰った野鳥で料理を作っていた。
父は「猫」という概念を知らなかった。

我が家へ帰ると母お手製の親子丼が待っていた。
食後はメロン。シロちゃんを祝して食べる。
シロちゃん、ありえんくらい長生きして、ずっと保坂さんと一緒にいてね。

別の宇宙のニューヨークでは桜が満開だった。
一枚の花びらが2003年の空へ飛んでゆく。
×%○◼︎▷/*と呼ばれる幼な子と、後にシロちゃんと名指される子猫にそれぞれ挨拶をして、花びらは宇宙の渚に身を横たえた。

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