9月3日(木) 立華とリゼロと一課長

昨夜『立華高校マーチングバンドへようこそ 後編』は読み終えられた。
凄く良かった。最初はどのキャラも苦手な要素が強かったのに最後には皆好きになれた。それだけにこれで終わってしまうのが寂しすぎた。

興奮で寝付けなかったため起き上がり、立華高校のモデルとなった京都橘高校吹奏楽部の『シング・シング・シング』をYouTubeで観てみたらもう涙が止まらなかった。

梓たちが朝昼晩練習して沢山泣いて衝突して乗り越えてやっと完成させたのはこれだったのか、これほどまでのものだったのか。
これをアニメ化することが出来たなら京アニは1000年先も名を馳せるスタジオになるだろうというくらいすんげえことになっていた。

しばらく橘の動画を漁る。数百万〜一千万再生の動画が大量にあって凄い。アメリカのディズニーランドでやっている映像まであった。
梓たちの努力がこんなマーチングになる、と思えて泣いてしまうし、この橘高校の人たちのマーチングの裏には梓たちのような努力がある、という意味でも泣けるし、単に信じられない境地に達した集団芸術を前にして涙が出てくるという感じもあってとにかくどれを観ても泣いてしまった。
今が平常の時代だったら今すぐにでも橘の定期演奏会かマーチングコンテストを見に京都へ行っただろう。

それから『響け!ユーフォニアム』のアニメに立華が登場したサンフェスのシーンを見直してみる。
立華の次の出番に決まった北宇治メンバーの落胆が今ならよくよく分かる。立華を蹴って北宇治に来た麗奈の想いの尋常でなさも、「なんで北宇治に?」と久美子に疑問をぶつけた梓の気持ちも。
にしても梓は小説の印象と全然違って誰だお前状態だ。これが客観的に見た梓の外ヅラだったのか。

ユーフォのアニメは人間関係をかなりシビアに映し出す印象を受けていたけれど小説に比べれば明るく柔らかくマイルドに仕上げられていたのだなと久々に映像を観て思う。
ユーフォがどちらかと言えば久美子の目線で描いた群像劇だったのに対し立華ははっきりと梓の成長譚だった、それはユーフォニアムという楽器とトロンボーンという楽器の立ち位置を反映したものと取れて面白い。

それから立華がコンクールで演奏していた音楽(立華の小説では実在の音楽が出てくるから面白い)を聴いてどうにか精神を鎮めて寝た。
起きたら寝不足で慄いたが木曜日だからどうにかなるとする。

いつも家を出る時刻を過ぎても何故かベッドでダラダラと毒旦那持ちアカウントのツイートを読んでしまい最終ギリギリの電車へ。今日も走る羽目になるだろう。
トロンボーン奏者のアルバムを聴きながら日記を書く。

電車を降りて全速力でマーチングコンテスト会場よりも狭い場所(会社の隠語)に到着。ギリギリ間に合った。息を切らしながら行動開始。
まだまだPMDDとは程遠い期間のはずなのに猛烈な悲しみと苛立ちを覚えて焦るがこれは、寝不足だ。

昼は久々に『Re:ゼロから始める異世界生活 2nd season』を観進める。28・29話を観て29話「親子」でだいぶ涙ぐんだ。
昼休みが明けてもその泣きそうな気持ちが続く。寝不足由来と思しき悲しみや苛立ちも続いていてもう精神は無茶苦茶だった。

今朝読んだアカウントのように毒旦那との離婚を目指してもがく場合が未来にあるとして、そのif自分氏にとって今の私はどれだけ羨ましく、自由で、無敵だろうか。と思考実験をしてみる。相対的な幸福が全く主観を励まさないとしてもそれは少しだけ気分の良い発想だった。
そしてコロナだろうが何だろうが派遣労働を辞退したりバックレたりすることは子供付き離婚の何千倍簡単だろう。

死んだ顔で定刻に去る。
問題の無い状態の娘を演じるためだけにこんな労働なんかしていて本当にそれ以外の理由はない。もうこんなことやめた方がいい。やりたくないことをやめないでかつ健康でいたいというのは不可能な願いだ。死んだままで生を延ばして本当に何になるのだろう。

帰ってタコライスを食べていると『警視庁捜査一課長』に小宮有紗ちゃんが映ったためそのまま観てみる。メタ的なネタも満載で結構面白かった。少し気が晴れる。
まだ殺したり殺されたりしていないのだから私はマシだ。相対的な幸福が全く主観を励まさないとしてもそれは少しだけ気分の良い発想だった。

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