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オタクくんは大糸線に乗る

オタクくん。鉄道を愛するオタクくん。
鉄道が走るところなら、どこにでも生息しているオタクくん。
もちろん、長野県の松本駅と新潟県の糸魚川駅を結ぶ大糸線にだって、オタクくんは現れるんだよ。

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松本からリゾートビューふるさとに乗ると、隣の席に、カメラの設定変更に余念がないオタクくんが座っていた。
なぜ彼がオタクくんだとわかるのか、そんなことは説明するまでもない。
オタクくんは、その全身から、オタクくん特有の輝きを放っているのだ。

わたしは、オタクくんが後面展望エリアに行くだろうと思った。
カメラと真剣に向き合っているのだから間違いない。
彼の撮影の邪魔になってはいけないので、一足先に後面展望エリアに向かった。

最後尾にある後面展望エリアからは、一面に広がる田園と、八月の青々とした山が連なる景色がよく見える。
直線の区間が多いため、すでに走ってきた線路が、視界の中心にまっすぐ伸びている。
青い空と入道雲が、見えるものすべてを、より鮮やかに彩っている。

見事な眺めだなあ、と感慨にふけりながらも、撮り甲斐があるだろうなあ、とオタクくんのことが頭をチラつく。
果たして、わたしが席に戻ると同時に、隣のオタクくんはカメラを大事そうに抱え、一秒も無駄にしたくないと言わんばかりの早足で、後面展望エリアへと突き進んでいった。

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信濃大町駅の近くにある登録有形文化財・塩の道ちょうじやを見学していると、スタッフの方が話しかけてきた。
旅程を聞かれたので、大糸線に松本から乗って糸魚川まで行くんだと答えると、「これまでも同じ旅程のお客さんが何人かいらしてる」と言う。

大糸線の存続・廃線議論でかなり気を揉んでいるらしく、大糸線を乗り通す旅程は一部の人々に人気がありそうだと伝えると、「地元民だけじゃなくて観光の需要もあるんだってことを、改めて上の人に言ってみます!」と力強く宣言された。

一部の人々、とは、言うまでもなく、オタクくんたちのことである。
オタクくんたちは、鉄道の存廃にどこまで影響を与えられるだろうか。

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塩の道ちょうじやを後にして、信濃大町から北上する列車に乗り込むと、地元民と思しき老若男女が座席を埋めていた。

地元民の足となっているのであれば、廃線の心配をすることもないのではないか?
でも維持費をカバーできるほど儲かってないってことかな?
なんにせよ、近いうちに廃線となったら困る地元民はたくさんいるんじゃないか?

そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか南小谷に着いた。
車内には、オタクくんしか残っていなかった。

***

南小谷駅は、オタクくんに人気がある。
南小谷駅より南はJR東日本が、北はJR西日本が管轄しているという、分水嶺のような駅なのだ。
果てだの境界だのが好きなオタクくんにとって、南小谷駅はある種の聖地と言っても過言ではない。

聖地でのオタクくんたちは、みな同じ行動をとる。
松本から北上してきた車両を降りる。
ホームの向かい側に、糸魚川から来て折り返す車両が停車しているのを確認し、自分が乗ってきた車両と併せて撮影する。
跨線橋を渡って改札を出る。
駅前の周辺地図を眺める。
駅前の商店で軽食を買う。
駅舎を撮る。
待合室を覗く。
改札に入って再び跨線橋を渡り、糸魚川に向かう車両に乗り込む。

***

オタクくんたちは、終点の糸魚川まで一緒だった。
いや、正確には、糸魚川駅の施設・糸魚川ジオステーション ジオパルまで一緒だった。
オタクくんたちは、キハ52待合室やトワイライトエクスプレス再現車両を撮影したり、ジオラマを眺めたりと思い思いの時間を過ごした後、各々の目的地へと散っていった。

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