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ss:お久しぶり

ひさびさに旧友に遭った。彼女とは会うではなく、いつも遭う。どんな時に、彼女に再会してもいつも思うのは未知との遭遇だ。なにが彼女をそうさせるのかはわからない。わかりたくもない。単純に、わたしの知己とは言い切れないなにか。友人ではなく、旧友。そんな間柄。

佐良。

大きな笑顔で彼女は不意にわたしを見つけたと、手を振り駆け寄ってきた。

たしかに、わたしは社会人で。佐良成祥と言う。だが、そのわたしの名前をここまで明るく楽しく撥音するのは彼女ぐらい。
わたしは、少し肩を竦めやれやれとポーズをとってから、彼女に向きあう。

隆義、それが彼女の苗字だ。隆義なお、古風で涼やかな音。彼女らしい名前だ。いつかも、わたしは彼女に伝えたことがあった気がする。
わたしたちは、大人になったのだろうか。大人になれたんだろうか。
ときどき、不意にこみ上げるこの疑問。普段は全く気にしないその問い。
それどころか、日常はわたしを覆い隠し、あの頃のような無邪気さはわたしの中には存在しない。
佐良の居た、夏休み。
たまたま出会った。課題に追われて逃げ込んだ、二回生のあの夏。わたしは大学の図書館でゼミの課題に頭を悩ませていた。
佐良は、あの頃も不良学生というやつで。あまり、ゼミやクラスで見かけるタイプではなかった。目立つタイプ。それでも、佐良を見かけると胸を高鳴らせる男子は多かったんだけど。

隆義。わたしが呼びかけると、佐良はニヤニヤと手にアリアを持ち煙を棚引かせながら、よ!と、手を上げた。
時間だ。そんな言葉が胸に迫る。
彼女は、存在が架空だろうと思ってしまうこともある。稀薄なやつだ。それなのに、陰は濃くまざまざと彼女の存在は浮かび上がる。アンニュイなのに、陽気。激しいのに、大人しい。言葉が矛盾している。それが、隆義。隆義なおなのだ。
御無沙汰だね、とわたしが言うと、アフリカに行っていた。と。遠い眼をした。
医者はさ、サラリーマンなんだと思っていたよ、と、わたしがお決まりの台詞を言うと。型に嵌らないのが私。そうでしょ?と、隆義。
このやり取りを何度繰り返せば、わたしは彼女と。いや、それ以上は言うまい。
今回は?と、彼女に促すと。

有難い、と。隆義は用件を話し出す。アフリカの惨状。それ以上に、帰って来て驚いたこと。日本の荒廃。格差、そして、貧困。
彼女は、アフリカの貧困より何故日本人は隣の人を心配しなくなったの?と、投げ掛けた。人が殺されてもレイプされても、子供が夜中に歩き回っていても。無関心。そんな日本も日本人も怖い。そう、言った。
いつもだったら、具体的な支援策とその試作を話し合う。そのタイミングで、彼女は分からない。そう言った。
わたしは、どうしたら?と、促すと。もう一度、わからない、彼女は怯えていた。
いままで、私は何をしてきたのかな、目の前の物事から逃げ出して、体のいい人助け。自己満足に終始していた、そんな気持ちで足元が崩れてしまったの。小さく見えるその手も、背中もごく標準化されたいまどき女子で。その彼女が、ここまで、世界と誓いをたててきたこと。守って来たこと。その肩に色々なものを載せて闘ってきた。
私は抱き寄せ、もう、やめろ。
隆義に、そう、囁く。


そうしたい衝動に駆られた。しかし、考えてごらん。わたしの口は、隆義の言葉たちに、穏やかにゆっくりとその言葉をあげた。
隆義、君は世界を救える、そう思っていたの?と聞くと、違う、私はそんな大それたことをしたつもりはない。私はそんな存在じゃない。隆義は、ふるふると軀を震わせる。
じゃあさ、もう一度。もう一度考えて。医大で培った学問、それ以上に人脈としてのコネクション。君は、何をするために、わたしと接触し続けたのか。
何度裏切られても、世界に背を向けず魂そのものでぶつかってきた、君は。君は••••••。
やめて、もう。言葉に詰まるわたしに隆義は嗚咽した。訳がわからない。頑張ってきた、やるだけやったつもりが、これか。彼女の忸怩たる思いを一に理解しているのは、わたしだ。
もう、疲れたの。。、隆義らしくない、そう慰めなのか、鞭打ちなのかわからない言葉はわたしの胸の内に留め、隆義、休め、もともとフリーランスで人脈と知識だけで、世界を股にかけて、そっと人助けをしてきた彼女に。わたしが言える言葉は一つだけだった。過労による、オーバーヒート。短期的な鬱。医者として、単純に診断するなら、そんなこと。彼女だって免許を取得している。それぐらい、自分でも理解している。
隆義、君は頑張った。いや、頑張り過ぎたんだよ、わたしはそっと隆義の肩を掴むと、木陰のベンチに彼女を横たえた。
加療や薬が必要ならいつでも言ってくれ。それより、嵯峨野の実家に帰ったらどうだ?
わたしが隆義を肩叩きして、それ以来、彼女に遭うのは、明日で五年振りだ。それでも、隆義、君に遭うのはいつも遭うであってほしい。

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