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んんん、ア〇さんって芸術家タイプじゃないの! 私は天才文学系の研究をしており、勿論私が目指す作品も天才文学です。 天才文学の中には主観ではありますが級があります。 フラランス文学、ドイツ文学、ロシア文学が歴代に置いてある時代の時代精神を含む天才文学時代でありました。 でもこれらは非常に素晴らしく優れているのだけど2級です。 1級でもいいのだけど、もっと違う見方での芸術の神の計画があります。それを1級だかイレギュラーな必然性を呼ぶ特級作品と言います。この1級だか特級は1つしかないのが特徴。 そして作品を超えた革命的なものです。 それを私は20代の頃から主題インスピレーションを頂き(ある意味精神的遺産)それを成すとする(自称)使命を持っていました。 しかし結婚もせず仕事も厳しい終身雇用制度が崩れる時代。 日々生活と食べていくので精一杯の私は、主題を温めながらもそれに打ち込む事が出来ませんでした。能力的にも人より1000歩遅れておりましたし志だけで生きているようなところがありましたので。それで48才頃に転機が訪れました。 恐ろしい大病となり命の危険がある状況が訪れたのです。 (だから運勢に拘ったりします) その時から、私の最期の使命の芸術に打ち込む状況となりました。でも結局、あの恐ろしい病気は誤診であったのです。 辛い闘病生活をしたのだけど。 まあこの病気ね、医師も分からなくて仕方がないものでした。 で、寝たきりの時もありましたが日々自分にノルマをかして努力精進しました。10年間はその手の本は読まなくてはならないし作品を仕上げるには狩猟的修辞学の勉強は必須。 で、10年分の努力精進が出来たうえで特級作品以外にもいろいろなものを創造できる状況となりました。 でもこれはどのような人でもあと5年は創作や努力精進せねばならないこれからが本当の第一歩なんですが。 ですから今後5年は、私の人生にとって工場時代に入ります。 創作と生産の時代です。 それはそうとフランスにしろドイツにしろロシアにしろ、当時は激動の時であり天才の時代でした。 天才とは書き手や創作者だけではなく、その時代に生きる市民も天才であり時代も天才の境地なんです。 どのような人も本を読んだり精神的に燃えてました。 でも今はそうではありません。殆ど本など読まないし忙しい。 従って文筆業で食べていけるものではありません。 今は本よりエンタメで表現する時代です。 実は、持ち場持ち場の稼ぎ方というものがあり、文筆家が本で稼げずエンタメ芸術をやる場合は全く稼げません。 あくまでも作家は本を売ってなんぼの世界です。 でも、今後私も長編も書くようになるでしょうし、ぼちぼち自立していくだろうと計画してます。 以前は日本国だけの営業だったけど今はネット時代となり世界で瞬時に営業は可能なんで。 ここまで書いて言ったかどうか?忘れましたが、とにかく使命的作品の特級天才文学作品は世に残さねばなりません。 それが出来るのは私だけです。 でもこれに限らず、楽しみながらいろいろな作品を創作したいですし今手掛けている作品も6つぐらいあります。 続きは別枠で。
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ア〇さん、詩を書いてるの?凄い。 美術と詩は相通ずるところがありますね。 音楽もそうかもしれないけど。 私は詩心がなかったけど、少しは天才の詩を読みました。 詩人は感性と文字のせめぎあいで金銭的なものを絡ませるべきじゃないのかもしれないけど、皆同じパターンでやっているところを拝見すると技術職と思われるところも以前はありました。 ボードレールは役者的な詩を書きますね。 でもどれもこれも小細工根性が入っていると私は思いました。 で、やはり一番美しいのはキーツだとする意見があります。 彼は粋で優れているどうのじゃなくやはり心ですね。純粋! でも最近小説を読んでいると、やはり詩人の経験のある作家は違います。全然ね。 今文体を私は勉強しているけど、文体ってそもそもなんだと思います?小説の中の主人公以外の主人公は作者であるところの語り部であったり洞察者ではないですか?文体の奥深さには驚きます。 書き手描き手の成す技とは、詩人であり絵描きであり音楽家であり哲学者であり見者であり心理分析家であり神です。 これが天才文学の条件です! ユゴーは巨匠、ゴーチェも美術家で色を表現するに地上にない色まで出す始末。もうゴーチェを読むとなると普通の天才作品の10倍の労力が必要です。 この美術家を模倣するなど無理。 でも今私は詩人の文体というか詩人の心情になる事を心がけております。何とも幸福感に浸れますね。あとグロテスクで敵情的な詩心もありますね。されどやはり詩は美しいものが素敵です。 美術に置いては・・・???私は難しいな。 文学的トレーニングは今後しますけど、これは自然と創作で浮かび上がる場合もありそう。シェイクスピアものは形式を学ぶには良さそう。ミルトンは、確か失楽園でしたっけ?あれには私は何度も挫折しましたよ。1冊目は何とか読みましたけど2冊目は後で暇があったらね!みたいな。未だに放棄! ちょっと!!ア〇さん、私のライバルじゃない?シェイクスピアやミルトンを文学的トレーニングや模倣に役立てるなんて!! とにかく私が天才文学を研究したうえで言える事は、ずばりどのように模倣しようと、その作品中に神即ちキリスト教がないと模倣は不可能です。 ですから現代では、天才文学は出来ないとも思えます。 そうそうドストエフスキーの創作は簡単です! ただしこれもキリスト教が入らないと天才作品にはならないのね。 あれ?ア〇さんから英語でメッセージ!! 私は英語が出来ません。 今グーグル翻訳で訳してみよっと。 それにしてもア〇さんに興味深々! ア〇さんの詩を読んでみたいな。
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>>フェイスブックです。私と私の詩的な作品はオンラインで見ることができます。 オンライン??これも良く分からないな。 オンライン・・・まずは何を入力すればいいんでしょ。 念のため、ア〇さんは無料会員との通信が可能な設定のようですが、これもある期間限定のようなので、いつまで通信が可能か分かりません。もし私が行方不明状態になったら、ーーーーーーーまで連絡下さい。 いや~、シェイクスピアとミルトンを教科書にしているア〇さんの作品見たいですよ!でもプレッシャー感じないでね。 私は小細工技術芸の天才系の詩作品より日本のアマチュアの詩のほうが自然で美しいと思いますから。

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