関わり合いの孤独

少しだけネガティヴになって自身を見つめる事がある。今日はそんな話で終わりがない事を前提に置いておく。

よく1人でどこかへ出掛ける事が多い。1人の方が自由だし気楽だし、考え事をしてても許される。旅先で誰かと出会う事も多くメリットはたくさん感じてる。その行為自体にネガティヴな感情は抱かない。

ただ、たまに寂しくなる。私が1人でいる理由は1人でいたくてその選択をしているのではなく、単純に誘う相手が居ないからだ。もしかしたら居るのかもしれない。この間もなぜ誘ってくれなかったのかと言われたので単純に誘ってない事が原因だろう。誘えば良いのかも知れないけれど、未だに誘う事は私にとってとてもハードルが高い事に感じてるのだろう。大人数の飲み会なら誘えるが、2人きりの飲み会やまして旅行となると誰を誘っていいものか首を傾げてしまう。

人前ではかなり話をする人間であると思う。大人数の飲み会でも隅っこに行く事なく楽しめるし、初めての人とも気さくに話せる。なんとなく求めてる言葉は分かる気がする。だから認識されづらいが、どこかで一線を引いてしまいがちだ。

たぶん人が怖いからだ。気にしすぎと言われればそれで終わってしまうが、気にするなと言われて気にする事を辞められるほど脳の作りは合理的に出来ていない。昔よりはパターンが見えて来たから気にする事は減ったけれど、「私みたいな人間が」が根底にある為に未だに恐怖心がある。

だから恋人が出来た時に、どうも依存傾向にある。多くの居場所を作っていた方が余裕が出来るように、信用できる人というのも同じだろう。なかなか幸福だと感じられる恋愛が出来ない。幸福だと感じられるような居る人が居たら、それが結婚するべき人かも知れない。

人生が全て見れたらいい。どのように生きどのように死ぬのか知りたい。しかし残念ながら、死ぬ時にしかそれは知る事が出来ない。死ぬ前に笑う事が出来てますようにと祈りながら、日々を努力する他ない。

もう少しだけマメな人間になろう。出掛ける時には一声連絡してみよう。

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