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歴史変動30 2023.2.19

 古事記日本書紀万葉集には、一斎出て来ません。神功皇后は、100歳迄生きた、誉田天皇と誉田別天皇は、同一人物だ、武内宿禰は、300歳以上生きた、とか。
 神功皇后は、狗奴国には入れ無かったのです。其れ程、狗奴国は強大でした。
 成務天皇(羽白熊鷲ー熊鷹)を殺されて、黙って居る訳は有りません。当然、仕返しです。
 日本書紀を読むと神功皇后5年で途切れて居ます。新羅征伐が、三国史記に368年と記載されて居ますので、神功皇后5年は372年です。
 誉田別天皇は四歳にて崩御と、複数箇所に記載が有ります。371年です。

 大分県に宇佐神宮が有ります。主催神は、大姫ー瀬織津姫(天照大神の娘)、誉田別天皇、神功皇后です。
 真名の専門家である小生には、宇佐と云う名が奇異に感じます。
 豊国も同様です。由来は、国東半島です。
 此処は、海神族の神をお祀りする神社です。

 狗奴国や邪馬台国の勢力が、神功皇后や誉田別天皇を捉えて葬り去った場所である可能性があります。

 代わりに、垂仁天皇の部下の上毛野君の同じ年の誉田天皇とすり替えたのです。

 其れを恰も、倭国本朝が已に存在して居り、倭の五王が別に居る様に、話をデッチ上げたのです。

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