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ある男の言葉 第8回シンデレラガール総選挙


一人の男の話をする。

彼と会ったのは昨年のSS3Aの二日目の打ち上げの席での事だ。その頃の僕はまだプロデューサーとしては新参もいいところで、担当アイドルができる前から付き合いのあった友達としかアイマスの話をしたことが殆どなかった。
だが「二次元美少女へのガチ恋」は僕にも経験があり、アイドルマスターの界隈にも……恋と形容するのは違うかもしれないが、担当アイドルのことを考えすぎておかしくなってしまった人たちがいることを知っていた。そういう話を、感情を、もっと聞きたいと思っていた。
この飲み会はさずくんが誘ってくれたもので、僕からすればさずくん以外は全員初対面の会だったが、その日のLIVEがとにかく良かったことから話は盛り上がった。一次会が終わった後は既に終電はなく、僕には宿のアテもなかったので二軒目の飲み屋に突入した。

彼は北条加蓮の担当プロデューサーだった。
二次会では僕が一番聞きたかった「担当になったきっかけ」の話を、順番に各人へ回していった。飲み会特有の高揚感で「俺、めんどくさい話できますよ!」とノリノリだった彼を、あえて話が回るラストに配置した。
自身の暗い過去が救われた話、勇気をもらえた話、どれもすごくよかった。話題に上がった二次創作を後で追うためにメモを取ったりもした。そうして彼の番が来た。加蓮Pの人数分頼んだポテトを前にして、彼は言葉を詰まらせていた。

「加蓮に対する感情が、わからなくなってしまった」

単なる同情なのかもしれない、と語る彼の目には、涙が浮かんでいた。北条加蓮が単なる病弱キャラのような扱いだった頃からの担当だからか、それはわからないが……その日に詳しい話こそ聞けなかったが、僕にはそれで十分だった。一人の女の子のことを考えすぎておかしくなってしまった彼に、勝手にシンパシーを感じていた。


アイマスとは、プロデューサーとアイドルをつなぐ「プロデュース」の物語だ。なればこそ自らの物語を語るべく担当を明らかにし、挨拶の際には名刺を渡す。けれどそのポジションを明確化する行為によって、アイドルよりも自らが前に出張ってしまうことが、ある…。それら全てを悪い事とは言わないが、プロデュースそのものの本質からはどこかズレていくようにも感じていた。
SS3Aを始めに、6thLIVEなどの多くの現場やコミュニティに参加する中で得た答えのひとつが、「その子になにかしてあげたいと感じたとき、担当になる」という言葉だ。自分に何ができるかを探し求める……それがプロデューサーとしての一つの在り方だと思う。


彼とは6thLIVEの時にも会って夜通し飲んだが、忘れられないのは去年の冬コミの三日目のことだ。
お互い売り子の手伝いでサークル入場をしたが、僕は東ホールのアイマス島からは離れた位置に用事があり、アイマスの同人誌を買いに行くには難しい状況を予想していた。
当日になって合流してから、決して少なくない量の買い物を、彼に頼んだ。無理のない程度でと言いはしたが、頼みの綱は他になかったし、藁にもすがる思いだった。

結果として頼んだものの殆どを入手してもらえたが、行動中の連絡の間に、事は起きていた。

イベント時のハイなテンションのままお願いしていたが、最終的な精算時には見覚えのない表紙の本が5冊以上はあった。
改めて書くまでもないが、見知らぬ表紙の本はどれも北条加蓮がメインもしくはカップリングに出てくる本だった。隙のないダイマ、直接的な布教。正直言ってこの時はまだ困惑のほうが大きかった。
ちゃんと清算しようと額を聞いたが「勝手に買ってきただけなんで大丈夫です」の一点張りで押し負けた。僕もそれなりに長く同人誌を買ったり作ったりしているが、推しの本を混ぜておきましたというのはこの時初めて経験した出来事だった。ちなみにどれもすごく、よかった。

その日の夜、連続で二軒突入した打ち上げを終えて帰路に着き、ヘトヘトの身体で年越しを迎え(たと同時にデレステで急に喋りだした白菊ほたるさんに超でかい声を出し)、忘れないうちに今日のお礼をと思ってDMを送った。


「俺なんかより担当をよろしく」。

この言葉を、僕はこの日初めて目にした。同時に自身を恥ずかしく思った。
僕自身の「担当きっかけの話」は自分にとってどうだったかのエピソードが全てで、担当アイドルへの想いはあれどそれが形を成したことは今もまだなかった。正直に言って、誕生日に絵を描くのもゲスト原稿で漫画を描くのも、自分は絵を描けますというアピールがしたいだけの頻度でしかないという自己嫌悪があった。

彼の言葉は、単なるポジショントークではない、担当の事を想った本当の言葉だった。


今もまだ、僕に同じ言葉は使えない。彼と僕とで賭けているものが違うから。

"第8回シンデレラガール総選挙”。

毎年行われているこの催しには、順位によるレイヤー毎で異なる争いが発生している。トップを目指すという目的そのものは変わらないが、事実上の人気投票である以上、どうしてもファンの母数には差がある。


一つは「50位圏内」。総選挙の結果は全アイドル中で50位までがランキングで発表され、それ以外のアイドルが何位だったかは発表されないのが通例だ。「ここにいる」ことを証明するため、戦っている。
もう一つは「ボイス実装」。総選挙で総合順位の上位5名と、各属性ごとの順位の上位3名=9名が歌う曲がそれぞれリリースされる。その際にまだキャラクターボイスが設定されていないアイドルには担当声優が声を当てる。歌う姿が見たいから、戦っている。
そしてもう一つが「シンデレラガール」。紛れもないトップアイドルの座。届かせたくて、戦っている。

先日の中間発表で、北条加蓮は総合順位で二位だった。
一位につけている本田未央とどれほどの票数差があるかはわからない。だが間違いなく、一番厳しい場所で戦っている。


北条加蓮。彼女の魅力がどれほどのものかは、彼や彼から受け取った本たちが語っている。僕がそれを伝えることはよそうと思う。

ただひとつ。
彼と彼女の夢が叶うことを願っている。


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