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Vol.5「フランス貴族と白人特権(後編)」補足その1

「さよならパリジェンヌ」のVol.5「フランス貴族と白人特権(後編)」で取り上げた、通称「ドヌーヴ書簡」の全訳と署名者リストです

翻訳はフランス文学・思想、フェミニズムの研究者、中村彩さんにお願いしました

(以下全訳)

「私たちはしつこく言い寄る(注1)自由を擁護する、それは性の自由にとって不可欠だ」

『ル・モンド』紙における寄稿記事欄で、カトリーヌ・ミエ、イングリット・カーフェン、カトリーヌ・ドヌーヴを含む100人の女性から成る集団が、「男への憎悪」を表明するある種のフェミニズムに対する拒否を主張している。

注1:原語はimportuner。しつこく邪魔をして迷惑をかける、うるさがらせる、うんざりさせる、不快にすること。

(以下寄稿記事)

強姦は重罪です。けれども、言い寄り方がしつこかったり不器用だったりすることは犯罪ではないし、女性への心づかい(注2)は男性優位の思想に基づく暴力行為ではありません。

ワインスタイン事件をきっかけに、とりわけ特定の男性が権力を乱用している職場における、女性への性暴力に関する正当な認識が広まりました。こうした認識の広まりは必要なことでした。しかし今日、この言葉の解放が、その逆のものへと転じてしまっています。私たちは正しく話すことを強いられ、人の気分を害するようなことについては黙るよう強要され、こうした命令に従いたがらない女性たちは裏切り者、男性の共犯者と見なされているのです。

ところで、女性を保護しよう、解放しようと叫び、これは皆にとって良いことなんだから、などと言っておきながら、女性は永遠に犠牲者だとして、男性優位を信じさせる悪魔に憑りつかれた可哀そうでちっぽけな存在という地位に縛りつける、これこそピューリタニズム、厳格主義の特性なのです。かつての魔女狩りの時代のようです。

注2:原語はgalanterie。もともとは物腰や精神の上品さ、優雅さを意味する語だったが、転じて女性に対する親切、気配り、愛想、お世辞を意味するようになった。いわゆる「レディファースト」の習慣のことも指す。

密告と糾弾

実際#MeToo運動は、マスコミとSNSにおいて個人に対する公の場での密告と糾弾のキャンペーンを巻き起こし、その人たちは反論したり弁明したりする機会を与えられることもなく、「性的暴行をはたらいた人」という扱いを受けることになってしまいました。こうした速すぎる裁きはすでに犠牲者を生んでいます。仕事を行うにあたって制裁を受ける、辞職を強いられるなどしている男性たちです。しかし彼らは、自分に気がない女性に対して、膝を触ったり、キスをしようとしたり、仕事の会食の際に「親密な」ことについて話したり、性的な意味合いをもつメッセージを送ったりした、といった過ちを犯したにすぎないのです。

「豚ども」を屠殺場に送る(注3)ことへのこの熱狂は、女性の自立を助けるどころか、実際には性の自由の敵を後押しするものです。その敵とは、過激な宗教信者や最悪の反動主義者、実体的な善概念とそれにふさわしいヴィクトリア朝的な道徳の名のもとで、女性は保護を必要とする「別の」存在、大人の顔をした子供である、と考える者たちです。

これを前にして、男性たちは悔悛の念を表明し、記憶をさかのぼり意識の奥底から、今より10年、20年、30年前に行ったかもしれない「不適切な行為」を探し出すことを命じられ、悔い改めなければならないことになっているのです。公衆の面前での告白、検事を自称する人たちによる私的領域への侵入。こういったことが全体主義社会の空気のように定着していこうとしています。

浄化の波はまったく限度を知らないようです。一方でポスターに描かれていたエゴン・シーレの裸体画が検閲されたかと思えば、他方では、バルテュスの絵は小児性愛を称揚しているので展示から外すようにという呼びかけが行われています。作者と作品が混同され、ロマン・ポランスキーのシネマテークでの回顧特集上映の禁止が要求され、ジャン=クロード・ブリソーの回顧特集は延期となりました。ある女性大学人は、ミケランジェロ・アントニオーニの映画『欲望』を「女性蔑視的」で「容認しがたい」と評しました。こうした修正主義に照らすならば、ジョン・フォード(『捜索者』)どころかニコラ・プッサン(『サビニの女たちの略奪』)でさえも窮地に追い込まれてしまいます。

すでに私たちのうち何人かは出版社から、男性登場人物をより「性差別主義的」でなく描くように、セクシュアリティや愛について話すときに過激にならないように、あるいは「女性登場人物が受けたトラウマ」をもっと明白に書くようにと求められています。滑稽の極みと言えるのは、スウェーデンの法案で、性的関係をもとうとする者に対し明確な意を相手に伝えることを義務付けようとしていますもう少ししたら、大人のカップルが一緒に寝ようとするとき、事前に携帯電話のアプリで自分が合意する行為と拒む行為を正式にリスト化した文書にチェックを入れなければならない時代が来るでしょう。

注3:本文でも触れた、#BalanceTonPorc(豚を告発しろ)というハッシュタグのこと

人を傷つける自由の必要性

哲学者のリュヴェン・オジアンは、芸術的創造にとって必要不可欠な、人を傷つける自由を擁護しました。それと同様に、私たちは性の自由にとって必要不可欠な、しつこく言い寄る自由を擁護します。今日私たちは、性の欲動がもともと攻撃的で野蛮であることを認めるのに十分な知識を持っています。しかし同時に私たちは、不器用な口説きと性的な攻撃とを混同しない程度の洞察力も持っています。

とりわけ私たちは、人間の人格が一面的ではないことを自覚しています。女性は同じ日のうちに、仕事でチームを率い、かつ男性の性的対象になるのを楽しむことができます。それでいて「あばずれ」にも家父長制の卑しい共犯者にもならないでいられるのです。彼女は自分の給料が男性のそれと平等であるように気を配りながらも、地下鉄の痴漢を−それが犯罪と見なされるとしても−永遠のトラウマと感じないことができます。彼女はそれを大いなる性的貧困の表れと見なすこともできるし、あるいはたいした出来事でないと見なすことさえできます。

権力の乱用の告発にとどまらず、男性と性行為に対する憎しみの顔をもつこのフェミニズムに、私たちは女性として、共感できません。性的な誘いに対してノンと言う自由は、しつこく言い寄る自由なしにはありえないと私たちは考えます。そしてこのしつこく言い寄る自由に対して、獲物の役割にとどまるのではなく、応答する術を身につけなければならないと考えます。

私たちのうちで子供をもつことを選んだ者は、自分の娘たちが威圧されるがままになったり罪悪感を抱いたりすることなく自分の人生を十全に生きることができるよう、十分に知識を与え、自覚をもつように育てるのが適切であると考えています。

女性の身体を傷つけるかもしれない不測の事態は、必ずしも彼女の尊厳を損なうものではないし、それは時に耐え難いものであるかもしれませんが、永久に被害者となる訳ではありません。なぜなら私たちは私たちの身体に還元されるわけではないからです。私たちの内面の自由は不可侵なのです。そして私たちが大切にしているこの自由は、危険と責任をともなうものなのです。

*文責;サラ・シッシュ(作家、臨床心理士・精神分析家)、カトリーヌ・ミエ(美術批評家、作家)、カトリーヌ・ロブ=グリエ(俳優、作家)、ペギー・サストル(著述家、ジャーナリスト、翻訳家)、アブヌース・シャルマニ(作家、ジャーナリスト)

*このほかこの文章の賛同者:カティ・アリウー(キュレーター)、マリー=ロール・ベルナダック(名誉代表学芸員 ※注4)、ステファニー・ブレイク(児童文学作家)、イングリット・カーフェン(俳優、歌手)、カトリーヌ・ドヌーヴ(俳優)、グロリア・フリードマン(造形芸術家)、セシル・ギルベール(作家)、ブリジット・ジャック=ワジュマン(演出家)、クローディーヌ・ジュニアン(遺伝学者)、ブリジット・ラーエ(俳優、ラジオパーソナリティ)、エリザベト・レヴィ(『コーズール』編集部長)、ジョエル・ロスフェルド(編集者)、ソフィー・ド・マントン(「人間的規模の独立した成長企業(ETHIC)」会長)、マリー・セリエ(著述家、フランス文芸家協会会長)

注4:代表学芸員はフランスにおいて3つある学芸員の職位(学芸員conservateur、主任学芸員conservateur en chef、代表学芸員conservateur général)の中で最高位。 

署名者リスト

アレクサンドラ・アレヴェック(ジャーナリスト)
カティ・アリウー(キュレーター)
フランソワーズ・アルノー(美術史家)
セリナ・バラオナ(マーケティング・コンサルタント)
ソフィー・バスティッド=フォルツ(文芸翻訳家)
ブリジット・シィ(俳優、映画監督)
マリー=ロール・ベロー(シンガーソングライター、ミュージシャン)
ヴィヴィアン・ベラー(通訳)
マリー=ロール・ベルナダック(名誉代表学芸員)
レア・ビスミュト(美術批評家、キュレーター)
カトリーヌ・ビゼルン(映画プロデューサー、上映企画者)
ステファニー・ブレイク(児童文学作家)
リンダ・ブレイク・ピバロ(翻訳家)
ソニア・ボグダノフスキー(映画編集チーフ)
クリスティーヌ・ボワッソン(俳優)
アリアーヌ・ブイスー(ジャーナリスト)
オディール・ビュイッソン(産婦人科医)
ソフィー・カダレン(精神分析家)
ファリデ・カド(画廊経営者)
クリスティナ・カンポドニコ(フランス文芸家協会文化活動担当)
ニッキー・カロ(高等師範学校卒業生、文学教授資格取得者、高等師範学校文科受験準備学級元教員)
イングリット・カーフェン(俳優、歌手)
モニク・シャトネ(アンドレ・シャステル・センター主任学芸員)
ジュリー・デュ・シュマン(作家、性科学者)
サラ・シッシュ(作家、臨床心理士、精神分析家)
エリカ・マリア・コール=トロッシュ(不動産会社Yak Immoマネージャー)
ヴェロニク・コケ=コーベール(プロデューサー)
サビーヌ・ドーレ(ワイン生産者)
カトリーヌ・ドヌーヴ(俳優)
フレデリック・ドルファイン(映画監督、演出家、小説家)
クリスティーヌ・ドミーヌ((中等教育以上の)教師)
ナタリー・ドレー(ジャーナリスト)
コリンヌ・エーレンベルグ(精神分析家)
メリーヌ・エンゲルボー(事業家)
カロリーヌ・ファイエ(ネット研究者(netnologue)、ボレロ事務所幹部)
ヌアド・ファティ(ジャーナリスト、ブロガー)
マルグリット・フェリー(造園家)
アドリーヌ・フルーリー(作家)
カトリーヌ・フランブラン(美術批評家、美術史家)
グロリア・フリードマン(造形芸術家)
ソフィー・ガイヤール(シュッド・ラジオ6時-7時パーソナリティ)
ベルナデット・ド・ガスケ(医師、著述家)
ヴェロニク・ジェラール=パウエル(アンドレ・シャステル・センター付15-18世紀西洋美術専門家)
クリスティーヌ・ゴエメ(ラジオ番組制作者)
レーヌ・グラーヴ(ビデオ作家)
アリエット・グリズ(作家、NPO法人レゾー・カラーム会員)
セシル・ギルベール(作家)
クラリス・アーン(映画監督、ビデオ作家、写真家)
アンヌ・オートクール(編集者)
マリー・エルブルトー(グラフィックデザイナー)
ブリジット・ジャック=ワジュマン(演出家)
クローディーヌ・ジュニアン(遺伝学者、フランス薬学アカデミー会員)
ブリジット・ラーエ(俳優、ラジオパーソナリティ)
ラシェル・ローラン(アーティスト)
シルヴィー・ル・ビアン(作家)
アンヌ=マリー・ルザージュ(退職者)
ミリアム・ル・ストラ(歯科医)
マルティーヌ・ルリュッド(精神科医、精神分析家)
エリザベト・レヴィ(『コーズール』編集部長)
ジャクリーヌ・リクテンシュタイン(哲学者)
クリスティーヌ・ロンバール(ファッションデザイナー)
ジョエル・ロスフェルド(編集者)
ヴァネッサ・リュシアノ(ラジオ時評番組担当者、セックスカウンセラー)
マドモワゼル・A(歌手、俳優、モデル)
ヴァレリー・マース(俳優、ビデオ作家)
アブリーヌ・マジョレル(教育マネージャー、ビジネス開発者)
クレール・マルガ(美術批評家、翻訳家)
イザベル・マルリエ(人類学者、作家)
イザベル・マルタン(教師)
クリステル・マタ(広報)
ソフィー・ド・マントン(「人間的規模の独立した成長企業(ETHIC)」会長、経済社会環境評議会(CESE)メンバー)
カリーヌ・ミエルモン(作家)
カトリーヌ・ミエ(美術批評家、作家)
アンヌ・モレリ(ブリュッセル自由大学教授)
アンヌ=エリザベト・ムーテ(ジャーナリスト)
ラティファ・ナジャル(退職者)
ナターシャ・ニクリーヌ(写真家)
カリーヌ・パピヨー(文芸ジャーナリスト)
ジュリア・パロンブ(歌手、著述家)
ネリー・ペロタン(退職者)
カミーユ・ピエ(シンガーソングライター)
ダニエル・ピエール(写真家)
シルヴィー・ピエルソン(秘書)
フランチェスカ・ピオロ(ラジオプロデューサー)
バルバラ・ポラ(医師、作家、展覧会コミッショナー)
ジョアナ・プライス(俳優、映画監督)
イザベル・プリム(映画監督、役者)
ニコル・プリオヨー(フランス薬学アカデミー広報)
カトリーヌ・ロブ=グリエ(役者、作家)
アンヌ・リュディシュリ(心理カウンセラー)
ノラ・サアラ(ジャーナリスト、看護師)
シルヴィアーヌ・サンクレール(退職者)
ペギー・サストル(著述家、ジャーナリスト、翻訳家)
マリー・セリエ(著述家、フランス文芸家協会会長)
アブヌース・シャルマニ(作家、ジャーナリスト)
ジョエル・スメッツ(ジャーナリスト、性科学者)
エレーヌ・スーロドル(文書係)
カトリーヌ・ティエロン(著述家、ボーカリスト)
カトリーヌ・ティトゥー(ブリュッセルの建築家)
トリニダード(お笑い芸人、物まね師、歌手)
ガブリエラ・トゥリュジロ(映画史家、批評家)
クリスティーヌ・ヴァン・アケル(著述家)
ロクサーヌ・ヴァローヌ(外科医)
アレクサンドラ・ヴァラン(作家)
エレーヌ・ヴェッキアリ(精神分析家、コーチ)
マルティーヌ・ヴェルクリュイス(アニメーター)
ソニア・ヴェルスタッペン(セックスワーカー、人類学者)
カロリーヌ・ヴィエ(ジャーナリスト、小説家)
ベランジェ―ル・ヴィエノ(翻訳家、コラムニスト)
エヴリーヌ・ヴィトキーヌ(マーケティング・コンサルタント)

(訳ここまで)

途中「え、どういうこと? ちょっと難しくてよく分からない…」となりますが、翻訳者の中村さんによると、フランス語の原文でも、小難しい表現にしているそうです。

署名者リストの肩書を見ると、いわゆるハイクラスというか、インテリ層もたくさんいますね。コラムでも書いた通り、この書簡は世界的にも大炎上したのですが、その後フランスのメディアに出演した署名者たちのトンデモ発言がさらに油を注いだようで。詳細は補足その3の注をご覧ください!

引き続き「さよならパリジェンヌ」をよろしくお願いします!

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