ありのまま

今日は2クール目の抗がん剤の投与日だった。採血をしてから医師の診察があり、血液検査の結果を見ると当初、数字が跳ね上がっていた腫瘍マーカーの値が正常値に戻っている、とのことだった。腫れていたリンパ節もすベて縮小し、良い結果が出ていることがわかる。治療の受付をしてから、薬の準備をするまで一時間ほど空きができたので、オードリー若林さんの地元の入船が築地から近いことを思い出し、歩いて向かった。入船は築地から歩いて15分くらいのところにあって、静かで緑や広い公園もあって、いいところだった。隅田川と亀島川が合流する辺りをベンチに座って眺めながら、若林さんもこの風景を見ていたのかなとぼんやり思った。

覚悟してはいたことだが、やはり副作用の吐き気がひどく、飲み物を飲んでも身体が受け付けず、すベて戻してしまう。げんなりしてしまうが、1クール目と同じようにいけばあと3日ほどで収まってくるはずなので、やり過ごすしかない。髪の毛も、すでに9割ほど抜けて、さびしげに少しだけ残っているだけで、ほとんど頭皮が見える状態になった。ある日を境に一度にすべて抜けるならまだしも、日を追うごとに少しずつ抜けていくので、鏡を見るとなかなかショッキングな姿が映っていて、もし今自分に恋人がいたらこんな自分でも愛してくれるのだろうか、とベタなことを思った。思えば、中学時代、引きこもっていたこともあり、人に顔を見られるのが嫌で前髪を顎くらいまで伸ばしていた。それが進学などのタイミングで少しずつ、少しずつ短くなっていったので、自分にとって髪型って思っていた以上に大切なものだったんだな、と抜けてみて初めて気づいた。

化学治療の間はずっと家にいるので、やれることを少しでもやろうと思い、DTM用の音源やプラグインを揃えて、ビートやピアノのアンビエントなどを作っている。これも今思えば、Macを買って宅録を始めた高校1年生のとき、チープな音源の打ち込みで作ったピアノソロのアンビエントや、エレクトロニカもどきの曲をCD-Rに焼いて、自作のジャケットを作って美術の先生によく渡していた。あの頃はただ曲ができていくことが楽しかった。拙い手つきでも、MIDI鍵盤でピアノを鳴らすと心が落ち着く。ちょうど10年の時を経て、今またあの頃と同じようなことをしている。


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