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経済価値ベースの生命保険負債評価におけるTVOGの理論と実務、その勘所

0. はじめに

TVOGとは、Time Value of Financial Options and Guarantees (inherent in Life Insurance Products)の略で、日本語だと、(生命保険商品に内在する)金融「オプションと保証の時間価値」という事になる。
この記事は、経済価値ベースの保険負債評価に興味はあるが、あるいは、携わっているが、いまいち勘所がわからないという初心者、実務はこなせるが理論的な背景はわからないという方を対象として書いている。理論と実務両方に精通した方が読む必要はないと思う。この領域は、伝統的な保険数理、JGAAPしか実務経験がなかったり、金融工学の心得がないと、少しハードルが高いと感じる方もいらっしゃるかもしれない。 そのような方にとって、本稿が多少のとっかかりになれば幸いである。また、自身はTVOGを理解しているものの、部下にわかりやすく伝える際に困難を覚えている方にも参考になるかもしれない。
※ ただし、本記事の有料部分の無断複製・転用はお控えください。

また、アクチュアリーを志望する学生に、「数学を活かせるから」という志望動機が多い事を揶揄して、「ほとんど数学なんて使わないよ。Excelの集計業務がメインだよ。」と言われることも多いが、私は、「いやいや、アカデミックな世界での学問としての高級な数学ほどではないにしても、そこそこ実学としての数学は使うよ。少なくとも数学脳はまあまあ必要だよ」と言いたくて、TVOGはあくまでその一例にすぎないが、そう思っていただくことも狙いのひとつとしている。

さて、保険負債を経済価値ベースで評価するとは、非常にざっくりと言うと、
①計算基準日時点の金融市場における金融商品の価格もしくは金融経済指標(特に金利)と整合的に評価すること、
②最新の保険前提で、いかなるバイアスも保守性もないBest Estimate Assumptionsで評価すること(ただし、市場でヘッジ不能な保険リスクに対するコストを別途考慮する必要がある)、
③事業費も含めすべてのキャッシュフローを考慮すること(営業保険料式といっても良いかもしれない)
である。TVOGの評価はその一部を占めるに過ぎないが、その中で、特につまづきやすいのがTVOGであるため、ここに焦点を当てた。ちなみに、経済価値ベースの保険負債評価は、適宜計算前提を最新の見積もりに更新していく(アンロック)のでロックフリー評価と言い、JGAAPにおける計算前提が硬直的なロックイン評価とは対照をなす。経済価値ベースを「時価」または「公正価値(Fair Value)」、JGAAPのロックイン評価を「簿価」または「原価」とも言うことも多い(筆者も社内でしばしば使う)。しかし、日本の保険市場において、参照可能な保険のセカンダリーマーケットは事実上存在しないので(*)、「時価」という表現は正確とは言えない。
(*) 日本では生命保険の買取市場というのが、事実上存在していない。しかし、再保険価格は、相対取引とはいえ、ある種の時価と言えるのかもしれない。
したがって、TVOGの評価も含め、保険負債の経済価値評価は、Mark-to-MarketとMark-to-Modelの組み合わせとならざるを得ず、そのため、経済価値「ベース」と言われる。

TVOGのイメージ

なお、本記事は、理論的厳密性よりも、あくまで実務家としての感覚的な記載を重視しているので(筆者は、社会人になってから、社命により、大学院で2年間金融工学を専攻したので多少の心得はあるが、それからさすがに15年経ち、算式展開できるほどは覚えていないので、実は、これはただの言い訳である…)、数学的に厳密な算式展開などを期待される方は購入しない方が良い。それなりに専門的な技術的な話も書いているが、むしろ、算式はほとんど出てこないと思っていただきたい。その代わり、まずまず「痒いところに手が届く」ことを意識しているし、視覚的に理解してもらう工夫もしている。おそらくTVOGについて解説している書籍やインターネット上の記事はそれなりにあると思うが、これほど踏み込んで書いてある記事は、個人的にはあまり見た記憶がない。それにしても、TVOGにまつわる内容だけで、14,000字を超える文章が書けるとは自分でも少し驚いた。


1. 保険商品に内在するオプション性とは?

さて、保険会社は、お客さまにとってもしもの時のために必要な保障を提供する、お客さまが自らでは抱えたくないリスクを引き受けるビジネスであり、本質的には同質のリスクを多数集める(プーリングアレンジメント)ことにより、「大数の法則」を働かせ、保険契約群団全体としての収支を安定させることで成り立つビジネスである。
しかし、純粋な保障のみを提供する商品するだけでなく、保険商品にはしばしばオプション性、保証性がともなう(以下、簡単のため、両者を区別せず、しばしば、単にオプション性と呼ぶ。実際には保証という方がしっくりくるかもしれないがご容赦いただきたい)。端的に言うと、生命保険会社は、保険商品の販売を通じて、「プットオプションを売っている」ということだ。こういったリスクには大数の法則は成り立たない。むしろ、一方向にリスクが集中しがちである。しかも、ほとんどの場合、金融リスクと保険リスクの積構造を持ち(*)、それなりに複雑である。以下にその代表例をまとめている。
(*) 日本アクチュアリー会「保険1(生命保険)第5章 変額年金保険」P7脚注の算式をご確認いただきたい。

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