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崖から転落したこと

このnote 自分の振り返り、棚卸のために始めました。
綴れないときは 【あこ龍★photo】として
私が観た風景を、iPhoneで撮ったものを…


自分のことを、ぽつりぽつりと お人に話す機会が増えました。
そういえば…と ある方に先日話したこと
まだnoteにしてなかったので綴ります。


今から、もぅずいぶん前のことです。
私は車ごと崖下の海岸に転落するという.…そんな自損事故(というのかな?)を起こしました。


終電に遅れた友人を 駅まで迎えにいったあと、少しドライブして
友人を友人宅の最寄りの駅におろし.…そこから自宅へ戻る途中のこと


友人を下ろして、しばらくして.…気づくと 
来たことのあるような、ないような? そんな場所にポツンと
車を止めている私がいました。

「あれ?ここはどこだろう? 北海道の湖かな?」
そう思ったことはしっかりと覚えています。

友人を迎えに行ったのが夜の11時頃                     
そのあとそこまで2~3時間と考えても まだ夜中のはずですが
フロントガラスの前に見えた空は、白々と明ける朝靄に包まれた
そんな様子。


理解できないまま、車から降ります。
普通に運転席から降りて ふと 車を見ると
なんと、助手席側の車の屋根はありませんでした。
車の左半分が というより 運転席以外は 大破していました。
その様子を見ても まだ状況がつかめない私は、かかっていたエンジンを
止めました。

「家にかえらないと・・・」

状況が全くつかめないままですが、夜の外出.…朝までに家に戻らないと・・・・と思うわけです。

19歳くらいの頃の話です。
時々の夜の遊びは、オトナになった気分でした。
それでも朝家にいないわけにはいきません..…

車は海岸のようなところに停まっていて、それがどこかはすぐには
わからないけど、変える道を探しました。
北海道の湖岸でないことはわかりました。
きっと海、、、、波音が小さく聞こえていて(まだ暗くて見えない)
薄暗い砂浜を歩いてみました。すぐに岩にぶつかって、その先には進めません。


車のところに引き返し、、どうしようかと ふと海岸の反対側をみました。
木でおおわれている崖に 道のようなものがありました。
どうやら 私の車はその崖を落ちてきた… 木がなぎ倒されていて
上に向かう道?のように見えました。
そこを 上に上がっていくことにしました。
結構な斜度だったように覚えています。手も足も全部つかって這い上がる
そんな様子。

つかまった木から手が滑って 片手だけでぶら下がってしまうシーンがありました。その時初めて 「ここで落ちたら死ぬのかもしれない」と恐怖を感じたのはすごく覚えています。


そこから這い上がって..みると 多分 家に帰れる車道(普段よく通る道)に
上がってきました。
そこを トコトコと走って帰ったのです。


そ~~っと家に入り、バスルームに直行… 鏡を見て驚きました。
顔が血まみれ! でもそれは顔のケガではなく…手のひらをすりむいていて血がでていて・・その手でワンレンの髪の毛をかき揚げながら
走っていたので 顔にその血が付いただけでした。


結局 私は きちんと何が起きたか把握できないまま。お風呂に入って少しだけ眠りました。


車をおいて 自分だけ帰ってきたことが気になって、少し休んで父が起きるころ父の部屋へ行き.…車を置いて帰ってきたことを 告げました。

「どこに?」
「うん。海岸に車が落ちてしまって そのままにしてきた」
「それは大変じゃないか!」
「ごめんなさい。どうしよう」
「動くのか?」
「わからないけど エンジンは切ってきた」

実際私は 海岸線のどこに車を置いてきたか わからないまま
父と祖母が 様子を見に出かけてくれました。

すると。予想していた海岸線には何もなく
(車道から多分1メートルくらい下に降りれる浜辺)・・・

海の対岸に 赤い車が見えているのを発見して。慌てて帰ってきました。
1メートルくらいの高さから ドボンと海(海岸)に落ちてしまったのではなく、途方もない高さから海岸へ転落していたことが、やっとわかりました。

そして、事故処理をするために警察に電話して処理をするように
父から言われ、父はいつものように出勤

私は警察署に電話し、待ち合わせをし現場検証の言うことに。


不思議とケガもなく、動けたので、交通手段に原付バイクに乗って向かいます。ざっくりと待ち合わせ場所を決めていましたが、先に警察の方が到着していて、海のほうをのぞき込むそんな様子が見えました。


警察官はバイクできた私に免許証の提示を求め、、、、
おそらく車はこの下の海岸に落ちているけれども、険しい崖で降りられないので、巻き尺に石を結び付けて下におろし 崖の高さを測りたいけどいいか?と確認されたのを覚えています。


そんなことに 落ちたの? まだピンと来ていない私がいました。


ぽーんと石のついた巻き尺を投げおろして、測ったたかさは
推定22メートル でした。


22メートルの崖下に車ごと転落した  とういうことが決まりました。


このように、他人事のように書くのは、
私がその転落する瞬間とか経過を全く覚えていないから

そして、気が付いた時の時間を考えると、2時間ほどは
気を失っていたようです。


念のため病院へ行くように促され、看てもらいましたが
初診では.…膝小僧と手のひらに絆創膏をはってもらっただけ

「ヘレンケラーみたいな奇跡の人だ」と 医者に言われ返されました。

1週間後…言葉を発することができないほどの胸の痛みを覚え
再度病院へいくと あばら骨のところの軟骨を少し剥離?骨折?していることが判明。
左足のじん帯も損傷していて、左足が足のうらから膝までの太さが
同じになるほど腫れましたが.…歩けないことはなく
肋骨も左足も日常にさほど支障ない程度..…

自分に転落したという記憶がないので 恐怖も残らずでした。

でも 後日 クレーン車で引き揚げられた私の車は、2日間その道路脇に
おかれたままでしたので その様子を見た人が
私の死亡説を噂しはじめ・・・・

電車やお店で私にあった人が 震えあがるほど驚いていたという。。。。
エピソードが残りました。


車を引き揚げたのは 建設会社の大型クレーン車でした。
JAFのクレーンにお願いしましたが、届かず・・・・・
引き揚げ作業に立ち会った母が 大型クレーン車をお借りするのに多額の費用が掛かったせいもあり、写真で記録をとろうということで
写真を数枚残していました。

あとでみてみると 引き上げられている私の車は オレンジ色の光に包まれていました。
周囲にもオレンジ色のヴェールのような光がたくさん映っていて・・・・

大難が小難で済んだのは この見えない光のおかげだと、両親、祖父母、私自身も感じています。


この体験を、何年かして思い返したときふと・・・
死んでもおかしくない出来事を経験して
こうして命が繋がっているるということはどういうことか?
ということを考えるようになりました。

生かされているのか?何かいみがあるのか?
はなまた、死んでいて可笑しくない出来事なのに生きている
本当は死んでいるのなら 今の人生は 余生なのか?

また20代の私には 何もわかりませんでした。


10数年後 オレンジ色の光は高次のご存在だと
写真を観て伝えてくださった方がいます。
母が心配して、その筋の方に その時の写真をお見せしました。

そして、私自身は恐怖のために 自分でその事故の記憶を
消しているということもわかりました。

大した怪我もなく生還
現場検証によると 車は回転しながら崖を落ちていったそうです。
崖肌に車の屋根の塗料がたくさんついていて
着地失敗で横向きや 屋根を下にして海岸に落ちていたら
きっと 私はここにいないでしょう.…

着地成功!


出来事を通してどんな学びがあったのか
何のために体験したのか、経験させてもらったのか
そんなことを良く振り返る今日この頃ですが・・・・


このことについては 答えがあるとしたら
まだ見つけられていません。


生きて 何をすべきか
私のこの先の在り方

その時に命を失わなかった答えかもしれません。


ひとつだけ言えるのは
その時点では
 肉体を手放して還るだけの 時間割を済ませていなかったということです。自分で組んでやってきたカリキュラムをやり終えていなから
肉体から離脱することは認められなかった・・・・



今の私は、私たちの本質が、永遠不滅の魂であるという言うことを
しっかりと認識・了解して、残りの人生を歩んでいます。

崖から22メートル 愛車とともに転落しても
肉体を手放せなかったということ。
これはひょっとしたら、今は 死に損ないの余生かもしれないけど
まだ肉体をもって為すべきこともある..…そうとも 捉えています。






   今日のトップイラストは
     クリエイターのkimidorinさんからお借りしました。
   有難うございます。



                 

                         

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