xRが見えない世界

 「痛っ!!」
鈍痛がした。(*1)
 密林の中で突然開けた場所に出てしまった俺はどうやらどこからかスナイパーライフルで胴体を撃ち抜かれてしまったらしい。視界が赤く点滅する。またゲームオーバーか。
 すると後方から聞きなれた高笑いが聞こえてくる。フレンドのパーシヴァルだ。本当の名前は知らないが、知りたいとも思わない。
 「また俺の勝ちか。お前は斜線を切ることを覚えないとな。」
 「開けた場所に出ちゃったんだからしょうがないだろ。」
 「マップを覚えろよ。」
 正論なのでぐうの音も出ない。
 と、同時に腹の音の方は鳴った。この世界で空腹量のセンシングはオフにしているので、現実世界の腹だけがなった。(*2)
 「そろそろ腹も減ったし飯でも食うか」
 「遠慮しとくよ、俺はNovaのライブを見に行くんだ。」
「じゃあまた。このワールドでサバゲしような。」
「おう。またな」
 といって、彼のアバターは粒子となってどこかへと消えていった。

 俺たちのいる世界「The Ultimate World」はメタバースの仮想空間だ。よくUWと略される。UWは経済圏が構築され毎日大量の情報がやり取りされる。元々はインターネット上の一アプリケーションに過ぎなかったが、アカウント数は40憶を超え、そのあまりの使用者の多さと情報の多様さと量からUWがインターネット全体そのものに次第に漸近していった。そこでUWはインターネットに管理団体が存在していないことにあやかり、UWをオープンソースとし規格統一のために標準化を行うにとどまった。UWはオープンワールドの空間であるので昔とは違ってワールドを移動するごとにロード画面で待たされるなんてことはなくなった。以前は一つのワールドに数十人くらいしか同時にいられないという噂を聞いたことがあるが恐らく眉唾物だろう。なんせ現在では数億人のトラフィックを余裕でさばいている。
 視覚と聴覚は古来よりハッキングされてきたが、数十年前に触覚と味覚のほぼ完全なハッキングが可能になり、その10年後ついに最後の難関だった嗅覚のハッキングが可能になった。
 このおかげで徐々に五感全てを再現できるような社会が到来し、触覚と味覚と嗅覚の再現はそれぞれ、Haptic Reality, Gustatory Reality, Olfactory Realityと呼ばれ既存のMRやSRなどとまとめてxRと呼ばれた。
 それからしばらくは毎年のように流行語大賞にxR関連の用語がランクインし、毎月のようにスタートアップや大企業が新しいxRデバイスを発売し度々話題になり、次第に「スマートフォン」というデバイスは使われなくなっていった。 

 UWはオープンワールドであるのでマップ上から任意の地点にテレポートできるが最近運動不足であったのであえて、歩いて喫茶店まで行くことにした。5分かそこら密林を引き返すとまた開けた場所に出てきた。今度は緑いっぱいの湿地ではなく、古風な趣のある街だ。
 喫茶店に入り、UIからメニューを見てみると今日のおすすめは「ゴブリンの唐揚げ」らしい。本当かよ。恐らく探検者が北部の森から納品しているのだろう。値段は720Gとある。GはUW内で使える通貨で現金と換金もできる。日本円に換算すると120円程度だ。たまには珍しいものも食べてみるかと思ったので、メニューから「ゴブリンの唐揚げ」を注文した。
 すると現実世界では一家に一台置いてあるUWと連携しているフードプリンタが完全栄養食のペーストを唐揚げの形に掘削し始めた。この完全栄養食自体はほぼ無味だが、電気味覚の研究(*3)が完成し原色ならぬ原味のパラメータを調整することによって任意の味を再現することができる。もちろんこの世に存在しない食べ物も。たまに食べる完全栄養食ではない高価な「料理」を食べる以外は電気味覚で味の変えた完全栄養食を食べているので、塩をとりすぎることはないため、胃がんや、高血圧の発症リスクは21世紀初頭と比べ半分に下がった。
 そんなことを思案していると、エプロンをつけたケモミミのウェイトレスが「ゴブリンの唐揚げ」を運んでくる。ほのかに衣から透けた緑色が透けていて独特なにおいを放っている。反射的に網膜レーザーのα値を落としてみる。すると視界からこじゃれた店内は消え去り、次第に目の前に机と日の落ちかけている大草原が目に飛び込んでくる。寝る時を除いて数日ぶりに自室を見た気がする。部屋の壁は32Kの映像を全天球で投影できるようになっていて、現実時間と連動して風景を変えるような設定にしているんだった。視線を手元に下げると真っ白な丸めな物体が目に入る。再びα値を1に設定してみる。先ほどの店内がたちまち網膜に焼き付き真っ白い物体と同じ形の緑色の物体が全く同じ位置にある(*4)。昔はα値が0のものをAR、1のものをVRと呼んでいたらしい。なぜ同じ概念をパラメータによって呼び方を分けたのやら。
 恐る恐る唐揚げをかじってみる。ふむ。少し硬くて臭みがあるがそこまで味は悪くない。

 一息ついてアバターのスキンをウインドウショッピングしていると、ついこの前8歳になった息子からテキストメッセージの通知が視界端に表示される。国によって多少法律は違うが、日本では5歳になった子供は税金によってナノサイズの網膜レーザー装置や電気味覚の装置、触覚フィードバックを得るためのTシャツを体につけることができる。またオプションで脳波制御の義手や義足や尻尾などの外骨格を体に装着することができる。俺の息子は腕を2本増やしてUW内のアバターと骨格をそろえている。全くいかした奴だ。

「今日はフレンドと霧の森でトロールの王を狩ってきたんだ。」
「1週間前に初めてそのゲーム始めたのによくもうそこまで進んだな。」
「偶然攻撃力1.5倍のアイテムを見つけたからね。」
「うおあのワールド内に100個しか落ちていない妖精のラピスラズリをよく見つけたな」
「えへへ」
「ところで先月アプデした、電気味覚とか網膜レーザーとかのxRデバイスの調子はどうだい?」
「xRってなあに?」(*5)



技術解説

 xRの極限は何かと考えた時に、それは「透明になる」ことだと思った。若い人々は当たり前のように使っているけど、以下の解説にあるような技術的な要素に全く目が向かない。むしろ全く気が付かないくらいに、集積化や環境への組み込みがなされているであろう。ボールペンとxRが同じくらい無意識に使われる日が楽しみだ。

*1 サーマルグリル錯覚+貫通感提示
 冷感と温感を皮膚に同時に与えると皮膚に傷をつけずに痛みを錯覚させるのをサーマルグリル錯覚と言い、IVRC2018の「出血体験」が有名。
 身体に着けた複数の振動子を時間差で振動させると何かが貫通した感じを提示できる。
 この二つの現象を利用して極小の振動子とペルチェ素子が内蔵されたtシャツ型デバイスでfpsやったら緊張感のあるゲームになるのでは。

*2 生体データの常時センシング
 将来は健康などのためにデータを常時センシングするようになるが、プライバシーなどの観点からそれを諸サービスと連携するかどうかはユーザーの手にゆだねられている。

*3 電気味覚
 口腔内や食器に電流を流してイオンを流動させ食べ物の味を増幅させたり減衰させたりする技術。
 ”味の原色”を作れれば任意の味を再現出来て、例えばネットニュースで流れた食べ物のニュースに、食べ物のrgbが記載されていて、それをフードプリンタに入力することでその場でその食べ物を味わえるかもしれない。

*4 位置同期
 現在ではARと現実の位置合わせとしてSLAMなどが使われていますが、この技術が発展して、高いFPSで現実空間を認識して位置や形を仮想空間に反映できるでしょう。

*5 What is xR?
元ネタ

他にも小ネタをいくつか散りばめました



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?