ウルトラマントリガー 第n話「俺のヒーロー」
地球から遠く離れた宇宙にある惑星アシオス。水や緑が存在し、人間に似た知的生命体も住んでおり、非常に地球と近しい環境にあるが、地球の文明ほど発達してはいない。この惑星の知的生命体が多く過ごしているエリアには街のようなものも存在し、そこでは商人達が市場を開いている。この惑星の知的生命体は、地球の人間社会のようにある程度共通のコミュニティに属してはいるものの、序列階級の類は存在せず、商人の商売で発生する利益も完全に個人やその家族のためのものになる。
「あ、おい、待て!」
1人の小太りな商人が声を上げる。その言葉は自身の売り物である果物を奪って逃走した少年に向けられたものであった。小太りな商人はその後を追いかけるが、少年は人混みの人と人の間を巧みに縫って走り去っていく。
「クソ!あの野郎…今日という今日こそは、とっ捕まえてやる!」
そう言う小太りな商人も人混みをかけ分けながら少年を追う。とはいえ小太りな商人の顔には疲れが見え始め、スピードも落ち始めていた。少年は振り返り、追跡者の疲弊を確認し、自身の逃走成功を確信する。
…がその行動が迂闊だった。少年は振り返って後ろを見ていたばかりに、目の前にいた人影に気づかなかった。
「うわ!」
少年はその人影に激突し、転倒する。
「いって…あ!」
少年は激突した拍子に奪った果物を地面にぶち撒けていた。それを拾い上げようとしたが…
「つ…かまえたぞ!」
小太りな商人が遂に追いつき、少年の首根っこを捕まえた。
「やめろ!放せ!」
「な〜に言ってるんだ!人のもん取っといて!もう許さないぞ!」
小太りな商人にひょいと肩に担ぎ上げられた少年は足をジタバタさせて抵抗するが、なんの意味もない。小太りな商人は振り返って、自分の店に戻ろうとした。その時、先程少年にぶつかられた人影の主…長身でロングコートを着た男が商人に声をかけた。
「あの〜すみません」
小太りな商人はその声で振り返る。
「何か?」
「いや、実はその果物、俺が欲しいってその子に頼んだんだよね。でも、金渡すの忘れちゃってさ。多分どうしたらいいか分からなくてそんなことしちゃったと思うんだ」
長身の男は頭を掻きながら話をする。その顔つきは実に精悍だった。
「…あのね、こいつは窃盗の常習犯なの。なんで庇うのかはよく分からないけど…」
「いやいや!ここは俺が悪かったことでってさ!な!見逃してやってくんない?」
長身の男は、小太りな商人の話を遮って、金貨を握らせた。その金貨の枚数は奪われた商品の2倍の価格に相当する数だった。
「ま!そういうことで!おい、いくぞ坊主!」
「あ、ちょ待って!」
長身の男は、あまりの驚きに小太りな商人が担ぎ下ろしていた少年の手を引っ張ってその場を去った。
「放せって!」
市場の外れの方で少年はその男の手を振り解いた。
「なんなんだよ、なんだってこんなことしたんだ!」
「なんでって…いやまあ普通に助けただけなんだけど。てか助けてもらったのに、なんでそんな不服そうな顔してんのよ」
長身の男は少年に問うた。
「俺はそんな助けなんて頼んでない!勝手に可哀想扱いすんじゃねえ!」
少年は森の方に駆けて行った。
「…最近の子はマセてるねえ〜」
長身の男……イグニスはそう言って伸びをしながら市場に戻った。
「あ、さっきの」
イグニスは先程の商人に声をかけられた。
「おいおい、困るよ…どうせ果物もあいつに渡したんだろ?自分の商品買ってもない人にこんなに金貨貰うのは良くないよ」
商人はイグニスに金貨を返そうとした。
「あーいいよいいよ、それは取ってて。まあ損はしないでしょ」
イグニスは金貨を押し返した。
「なんであいつを助けたんだ?」
「さっきから皆んななんでって…まあ俺がイイやつ…だからかな?」
イグニスはそうおちゃらけて返した。商人はため息を吐いてイグニスに話す。
「あいつ、爺さんと市場の外れの森で2人暮らししててな。爺さんもここら辺では顔も広い人だし、それについてたあいつも皆んなから可愛がられてたんだ」
商人は話を続ける。
「ところが爺さんが病で寝たきりになっちまってな。爺さんの稼ぎで暮らしてたもんだからな…市場の奴らも気にかけてたんで、何かと世話してやろうとしたんだが、まあ知っての通りあいつは気の難しいやつだからな。全部押し返して、自分1人でやるって」
「んで、その結果が盗み…ってわけか」
イグニスは返した。イグニスのその言葉に商人は頷いて返した。
「ふ〜ん、なるほどね…あ、そうそう話があるんだけどさ」
イグニスは思い出したようにして商人に話し始めた。
「なんだ?」
「ここら辺で有名なお宝とかって…ある?」
一方その頃森の中。少年は自分の家に帰ってきた。
「ただいま、爺ちゃん!今日は果物ゲットしてきたぜ」
病で寝たきりの老人はその少年に返事をすることもままならない状態だった。
「待ってろよ、今から皮剥いてやるからな。…あ、その前にお供物の分祠に持って行ってくる」
そう言うと少年は果物の一部を抱えて家を出た。家の近くには洞窟があり、そこの中には祠があるのだ。少年はいつも通りその祠に供物を持っていこうとしていた。
…だが祠の前には見知らぬ大勢の人影があった。そこにいた者たちの声が聞こえてくる。
「これがこの星の秘宝、"闇の宝珠"だな…」
「じゃあさっさと奪って売っ払いましょうぜ」
少年はこの男達が良からぬ輩であることはすぐに分かった。少年は足の震えを抑えて、男達の前に躍り出た。
「おい!何してるんだ!」
少年の大声に男達が振り返る。
「なんだあ?このガキ?」
「俺たちになんか用があんのか?」
少年は今にも泣き出しそうだったが、それを堪えて精一杯叫ぶ。
「そ、それは渡さないぞ!」
男達はどっと笑う。
「ギャハハ!威勢のいいガキだな!」
「どうします?お頭」
"お頭"と呼ばれた髭面の男が前に出る。
「俺たちの仕事を見られたからにはガキであろうと関係ねえ。その辺の肥料にもしとけ」
頭の命令で手下の1人が銃口を少年に向ける。ごめん…爺ちゃん…俺、爺ちゃんの大事なもん守れなかった…!少年が心の中でそう考えた時だった。
「おいおい子供相手に銃を向けるなんて、ダサくて弱い奴がすることだって相場が決まってるぜ!」
皆が振り返ると崖の上にイグニスが立っていた。イグニスは地上に降り立つと、少年の前に出る。
「どこのどいつかは知らんが…覚悟はできてんだろうな?」
頭の言葉と共に手下達がイグニスと少年を囲んだ。
「やれ」
頭の号令で手下は一斉にイグニス達に襲いかかる。
「やれやれ…下がってろよ坊主」
そう少年に言ったイグニスは襲いかかる手下達を次々と薙ぎ倒し始めた。襲いかかる敵はイグニスのあまりの強さに驚きを隠せていなかった。
「な、なにビビってんだよ!」
頭は懐から銃を取り出してイグニスに向けた。イグニスは近くにいた手下を自身の盾にした。そして頭が動揺した瞬間に、懐からブラックスパークレンスのハイパーガンモードで頭が持つ銃を撃ち抜いた。
「ぐわあ!」
頭は銃を落とす。イグニスは盾に使った手下を殴り飛ばし、再び手下達に向かってる構えをとる。
「チッ…ここは一度退くぞ!」
頭の号令で手下達は退散して行った。
「ふぅ…思わぬ運動をしちまったぜ」
イグニスは額の汗を拭う。少年はイグニスの元に駆け寄ってきた。
「あ、あの、その怪我…とかしてない?」
「ハハ、俺を誰だと思ってんだよ。銀河を股にかける宇宙一のトレジャーハンター、イグニス様だぜ?」
それを聞いた少年は目を輝かせた。
「トレジャーハンター…ねえ!俺を弟子にしてよ!」
「はあ!?」
少年のまさかの言葉にイグニスは大声を出してしまった。
「あ、俺はエメラ!師匠の名前は?」
「し、師匠!?いやイグニスだけど…お前なんか前会った時と全然態度違うじゃねえか…」
イグニスは困惑を隠せていない様子だ。エメラはイグニスにどんどん擦り寄っていく。
「あの時はご無礼を…いやほんと!マジで!俺強くなりたいんだ!」
「強くって…お前なあ」
イグニスは頭を掻いた。めんどくさいことになってしまった。とはいえ彼の目的のためにもエメラの信頼を得るのは悪い話ではないかもしれない。
「ま、いっか。暇だし、トレジャーハンターの基本のキぐらいは教えてやるよ」
「マジ!?本当に!?ありがとう!」
こうしてイグニスはエメラに修行することになった。
「よし、まずは基礎体力だな。お前の足の速さや身のこなしを見るに、身体能力は悪くない。とはいえトレジャーハンターを名乗るほどではないな。走り込みと筋トレ。これ大事ね」
エメラはイグニスの言葉にうんうんと頷いている。
「ってことでこの山をダッシュで登るぞ!さあ行くぞ!」
イグニスは勢いよく山道を駆け上っていく。エメラもそれに続いて険しい山を走り抜けていく。
頂上まで登り切ると流石に2人ともヘトヘトだった。
「はあ…はあ…ま、まあエメラの走りもなかなかいい走りじゃないの…」
「お、おっす…」
イグニスは山頂にあった岩に座り込む。
「よし、ここで筋トレだ。俺はお前の筋トレを見る」
「イグニス師匠は一緒にやってくれないの?」
イグニスは動揺する。
「ば、バカお前、2人でやってたらフォームを見れないだろ!」
嘘である。
「なるほど!じゃあ見ててください!」
エメラは一寸の疑いも持たずに腕立て伏せを始めた。
このメニューはイグニスが毎日欠かさず続けているもの…というわけではなかった。イグニスの実力は数々の死線を潜り抜けていく中で自然と身についたものだった。一朝一夕で身につくものではない。エメラに伝えたメニューは出まかせであった。
「よし、いいぞ〜」
イグニスは黙々と筋トレを続けるエメラに声をかけた。
「そろそろ腹減っただろ、どっかで飯でも食おうぜ」
「あ、それなら!」
と言ってエメラは背負ってきたリュックサックの中から鍋を取り出す。
「簡単な料理なら俺が作るよ!」
辺りはすっかり暗くなってきた。イグニスはエメラの指示通り薪になる木を持ってきて火をつけた。エメラは火の上に鍋を置き、持ってきた野菜や肉をお湯で煮ていく。
「その野菜と肉も盗んだもんか?」
「…違うよ!これは畑で取れたやつと狩りで手に入れたやつ…って言っても信じてくれないよね…」
エメラは少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「俺さ、爺ちゃんと2人で暮らしててさ。爺ちゃんはちょっと変で頑固なんだけど、強かったんだ。街の皆んなも爺ちゃんのことは頼りにしてた。俺はそれが誇らしかったんだ」
エメラは鍋の具材をかき混ぜながら話し始めた。
「爺ちゃんには家の裏にある祠を守る役目があった。代々受け継がれてる役目なんだって。爺ちゃんはその役目も、街での仕事も、俺の世話も全部1人でやってた。そんで爺ちゃんが病気で倒れた時に思ったんだ。今度は俺が、俺の力で爺ちゃんを支えないとって」
「それで1人の力でやっていくことにこだわってたのか…」
イグニスは合点がいった。だがイグニスは続ける。
「でもな、1人で強くなれるやつなんていないんだぜ」
エメラは驚いた目でイグニスを見る。
「でもイグニス師匠は1人で強いじゃん」
「俺が強いのはな、俺がいろんなやつと出会えたからだよ。俺1人じゃ絶対強くなれなかった。例えばこれ見てみろよ」
イグニスは懐からダークスパークとトリガーダークキーを取り出す。
「俺の大事なもんだ。いざという時は武器にもなる。こいつは俺が他の惑星で出会ったやつの協力でちゃんと使えるようになった」
イグニスは2つのアイテムを見つめ、地球でのことを思い出しながら語った。
「お前の爺ちゃんが強かったのもお前がいたから強かったんだよ。俺はそう思うぜ」
「俺が…いたから…」
エメラは呟き、自分の言葉を自分の中で咀嚼しようとしている様子だった。
「…って、なんからしくない話しちまったな!どうだ?出来たのか?」
「あ、もう出来たよ!」
エメラは鍋の蓋を開ける。中には肉や野菜が沢山入ったスープが完成していた。
「持ってこれた調味料しか使ってないから、ちょっと味は薄めかもだけど、美味しく出来てるはずだよ!」
エメラはイグニスの分を皿に取り分けて、手渡した。
「お、じゃあありがたくいただくとしようか…」
イグニスは手を合わせた。これは地球で知った食前の儀式のようなもので、イグニスのお気に入りだった。イグニスはスープを口に運んだ。
「…う、うまい…」
「でしょ!」
確かにエメラが言うように味は薄かったが、本当にうまい。これはこの料理や具材自体が美味しいのもあるが、繊細な味付けがよりそれを引き立てている。それはエメラの料理の腕前の高さを十分に感じさせるものだった。
「お前の料理の腕前、プロレベルだぞ!どこで習ったんだ?」
「習ったっていうか…元々爺ちゃんは料理は得意じゃなかったから、いつもご飯作るのは俺がやってたんだ。だから…かなあ…?」
イグニスはまたひとくちスープを口に入れ、唸る。
「こいつは絶品だぜ…お前レストランとか開いたらいいじゃないか」
「レストランかあ…考えたこともなかったや。日々の暮らしで精一杯だったから」
エメラは空を仰いだ。もう日は落ち、輝く星々が夜空を覆い尽くしていた。エメラはその日どう生き抜くかということしか考えていなかった。将来どうしたいかなどは想像もしなかった。
「そうだ、お前に聞きたい事があるんだ」
イグニスが口を拭ってから話し始めた。
「お前んちの近くの祠って結局なんなんだ?」
「あの祠には"闇の宝珠"っていうのか祀られてるんだって」
イグニスの質問にエメラはスープを頬張りながら答える。
「俺もよく知らないけど、この星にあるとても大切なものなんだって。めちゃくちゃ昔にこの星を襲った"大いなる闇の使者"…?をウルトラマン…?とかいう光の巨人が封印した丸い宝石みたいな石だよ」
イグニスは「なるほどね」と答えた。思ったよりも危険なものらしい。しかしまさかウルトラマンがこの星にも訪れたことがあるとは。ウルトラマンとは想像以上に多く、古くから存在するのかもしれない。
「イグニス師匠も…あれ狙ってたんでしょ?」
エメラに核心を突かれてイグニスも動揺してしまった。
「あ、いや、もう狙ってない…というか…いやそもそも狙ってなんか…」
「ハハ、いいよいいよ。トレジャーハンターだもんね。でもイグニス師匠にもあれは渡せない。爺ちゃんが病気で倒れる寸前まで守り抜いてきたものなんだ。きっとあれは並大抵のものじゃない。俺もあれだけは守らせてもらうよ」
エメラは強い意志の宿った瞳でイグニスを見つめた。イグニスもその瞳をしっかり見て言葉を返す。
「分かってる。それにもう狙ってないのは本当だ。俺もいただいて良いものと悪いものの区別ぐらいはつけてるつもりだ」
イグニスには"闇"と戦ってきた過去がある。自分の使う力も"闇の力"だ。その強大さは身をもって知っている。
「まあ、そうなりゃ俺もこの星を出なきゃだな」
「え、もう行っちゃうの!?」
エメラは驚いた。
「俺は銀河を股にかける宇宙一のトレジャーハンターだぜ?星から星へお宝求めて大冒険。一所には留まってられないからな」
「そんなあ…まだ教えてほしいこともいっぱいあったのに…」
イグニスは残念がるエメラの頭にポンッと手を置く。
「ま、もう夜も遅いからな。今日は家に帰んな。スープ、美味かったよ。ごちそうさま」
2人は残ったスープを平らげ、焚き火の始末をした。そしてイグニスは野宿の準備を始めた。エメラも渋々イグニスの言葉を受け入れて帰路についた。イグニスは見えなくなるまで振り返って手を振るエメラに、手を振り返した。
「前見ねえと危ないぞ〜!…俺にも息子ってのがいりゃこんな感じだったのかね…」
イグニスは呟いた。イグニスはちょうど自分が寝転べるサイズの石の上で寝転がった。視界には満天の星空が広がっている。
「アイツらも何やってんだろうな〜」
イグニスは思い出に耽りながら眠りについた。
次の日の朝、エメラの家の前にイグニスが立っていた。
「あれ、イグニス師匠。この星は出るんじゃなかったの?」
「ああ、もう今日のうちには出るつもりだ。お前に最後に稽古つけてやろうとおもってな」
イグニスの言葉にエメラは目を輝かせた。
「いいの!?」
「ああ!だけど手は抜かないぜ?ビシバシやってやるからな」
イグニスとエメラは昨日の山の頂上まで登って来た。イグニスは昨日用意しておいた立派な木の棒をエメラに手渡した。
「今日教えるのはこの俺が数々の敵を倒して来た宇宙一の剣術だ。まあ本当の剣を渡すわけにはいかないから今回は木の棒でだけどな」
イグニスは木の棒を構える。その時イグニスから発せられた闘気がエメラの全身を包み込む。まるでイグニスが本当の剣を構えているようだった。
「さあ、どこからでも来てみな」
「よし…いくぞ…!」
エメラは大きく木の棒を振り上げてそのままイグニス目掛けて振り下ろす。イグニスはその攻撃をひらりと紙一重で躱す。イグニスは空振りして地面に木の棒を叩きつけたエメラの頭上目掛けて、木の棒を振り下ろす。その攻撃は寸前で止められた。
「おいおい本気じゃないよな?」
「…もちろんさ!」
エメラは距離をとって再び構え直す。次は突進と共にイグニスの胴体目掛けて突きを放つ。イグニスは木の棒を中段に構えて、その突きの方向を逸らす。そしてそのまま木の棒をまたもやエメラの頭上に振り下ろす寸前で止める。
「攻撃の隙が大きすぎるな。それじゃあすぐに避けられちまうぜ」
イグニスとエメラの修行は続いた。エメラの動きは良くなってはいるが、未だイグニスから一本も取れていない。
「ひとつ教えてやる。俺たちは剣士じゃないんだ。型なんてもんはない。お前の好きにしてみろ」
エメラはその言葉を受け取り、汗を拭った。再び突進と共に突きを打ち出す。
「それは効かないって言ったろ!」
今回のエメラの狙いはイグニスの足元だった。イグニスは少し後ろに下がりその攻撃を避けた…と思ったその時、エメラは地面に突き立てた木の棒を軸に体を空中で回転、蹴りを放った。イグニスはまさかの攻撃に咄嗟に腕をクロスしてガードの態勢を取った。イグニスは腕にキックの衝撃を感じて、攻撃を防いだことを悟った。
「なかなか良い攻撃だ…でもそれじゃあ…っ!?」
刹那、イグニスの視界から蹴りを放ったエメラが消えた。否、屈むことでイグニスの視界から外れていたのだ。
イグニスは咄嗟に木の棒をエメラ目掛けて振り下ろした。しかしその行動はエメラの予想通りだった。エメラは自身にイグニスの攻撃が届くよりも先に、抜き胴の容量でイグニスの胴体を横一文字に打った。
「うぉ!」
「あ!ごめんなさい!」
エメラは寸止めするつもりだったが、勢い余ってイグニスに攻撃を打ち込んでしまった。腹を抑えてイグニスが屈み込む。
「大丈夫…?イグニス師匠…」
そう聞くエメラに向かって、イグニスは親指を立てて答える。
「いい一撃だ!」
イグニスは「いたたた…」と言いながら立ち上がる。イグニスはエメラの頭に手を置きくしゃくしゃする。
「流石俺の弟子だな!」
「えへへ…」
エメラは少し照れた笑顔をイグニスに返す。
少し休んだ後、2人は昨日イグニスが寝床にした石の上に座った。
「イグニス師匠…行っちゃうんだよね」
「ああ…だがこの星にはエメラっていう心強いトレジャーハンターがいるから大丈夫だよな?」
イグニスはエメラに笑いかける。エメラも笑顔をイグニスに返す。
「最後にひとつだけ教えとこうか」
イグニスは立ち上がって、伸びをする。
「トレジャーハンターってのは金品を巻き上げて迷惑をかけまくる盗人や海賊とは違う。ロマンを追い求めるもんだ。そして俺たちが戦うのは、自分のロマンを守る時だ」
エメラはイグニスの背中を見つめる。
「お前が身につけた技は誰かを傷つけるためじゃなくて、自分のロマンを守るために使え。それと何かに囚われるな、常に自由でいろ。お前がさっき自由に戦ったようにな」
「俺のロマン…自由…」
イグニスはエメラの方を振り返る。真剣に考え込むエメラの姿があった。
「ま、エメラには世話になったな。飯も美味かった。この星にはまた来るよ。可愛い1番弟子を見にな」
エメラはイグニスの言葉に照れながらも満面の笑みで返す。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「うん!元気でね!」
イグニスは下山の途中もエメラが見えなくなるまで振り返って手を振った。エメラも笑って手を振り返す。
「イグニス師匠も前見ないと危ないよ〜!」
イグニスの姿が見えなくなったエメラは再び石の上に座る。
「俺のロマンかあ……ん?」
石の上についた手が何かに触れた。そこにはキーのようなものがあった。昨日イグニスが懐から出したキーだった。さっき座った時にでも落としたのだろう。エメラは急いで渡しに行った。
そしてその背後には…
「邪魔なやつがいなくなったな…」
「へい…でもあのガキが本当に知ってるんですかね」
イグニスに撃退された集団の頭とその部下が、イグニスとエメラのやり取りを見ていたのだ。
「そん時はそん時だ。どちらにせよあのガキも俺たちに歯向かったんだ。見せしめに殺すことに変わりはない」
一方その頃イグニス。ちょうど惑星アオシスから飛び立つまでに、自分がどこかでキーを落としたことに気づいた時だった。イグニスは来た道を戻りながらキーを探した。途中でイグニスが初日に訪れた市場を通りかかったが、市場はなぜか騒々しかった。イグニスは慌ただしく走り回っていた小太りな商人を捕まえて、話を聞いた。
「おいおい、何を慌ててるんだ?」
「お!兄ちゃんちょうど良かった!!」
小太りな商人はイグニスの肩をガッと掴み、問いただした。
「エメラの野郎が盗賊紛いの奴らに襲われたらしいんだ!たまたまエメラの近くの山で狩りをしていた奴が見かけたらしい。俺たちも男手を集めて今から行こうと…あ、ちょ、おい!!」
イグニスは小太りな商人が話終わるより前に飛び出した。盗賊紛いの奴らとは昨日祠を襲った奴らだろうと検討がついていた。だとすればエメラが危ない。奴らは平気で子供も殺そうとする。
そしてそのエメラは予想通り、昨日の集団に捕まって尋問を受けていた。
「お前らがいない隙を狙って祠を開けようとしたんだが、まさか鍵がかかっているとはな。宝珠に傷がつくのはいけねえから、祠を壊すわけにもいかない。そこでお前に話を聞きにきたってわけだ。どうだ?鍵はどこにあるか教えてくれねえか?」
頭は銃をちらつかせながら、エメラに質問する。エメラは鍵はいつも失くさないように服の内ポケットに入れていた。それがバレてしまわないようにエメラは気をつけながら、黙って頭を睨む。
「言わない…か。まあじゃあいいや。もうあいつ殺すわ」
その頭の言葉と共に奥から手下2人が誰かを引き連れてやってきた。
「…!爺ちゃん!」
エメラの祖父がぐったりした状態で手下に無理やり引っ張ってこられていた。
「爺ちゃんを放せ!そうじゃないと…そうじゃないと死んじゃう!」
「死なせたくないならお前がさっさと言えばいいだろうがよ!え!?」
頭の叫びにエメラは少し萎縮してしまった。
「おっと…悪い悪い。大声出しちまった。びっくりしたよな?でもさっさと言わないと本当にお爺ちゃん殺しちゃうぜ?ただでさえ短い寿命がもっと縮むことになっちゃうぜ?」
頭はニヤニヤしながら、エメラに残酷な選択肢を突きつけた。エメラは迷った。だが祖父を見捨てるという選択肢は選べなかった。
「…これ…」
エメラは内ポケットから鍵を取り出して、頭に手渡した。頭はそれをひったくる。
「やっぱりお前が持ってたか…よし、殺していいぞ」
頭はエメラを突き飛ばす。そして尻餅をついたエメラを手下が囲んだ。
「そ、そんな!」
「お前はこの俺に楯突きすぎたからな。まあお前の家族思いな優しい心に免じてジジイの命は奪らないでやるよ。ま、すぐにそっちに行くだろうけどな!ハハハ!!」
エメラは怒った。男の卑劣さに、そして自分の不甲斐なさに。だがそれよりも…怖かった。恐ろしかった。助けてほしい…誰か…誰か…
「誰か助けて!!」
その声が森にこだまし、エメラに向けられた銃が火を吹くよりも早く、1人の男が手下を蹴り飛ばした。
「待たせたな、エメラ」
「イ、イグニス師匠…!」
イグニスは涙でぐちゃぐちゃの顔をしたエメラの頭を撫でる。そして頭に目を向ける。
「よう、またあったな。俺の可愛い弟子にずいぶん怖い思いをさせたりみたいじゃないの。え?」
イグニスの心は怒りで満ちていた。強い怒りだ。彼の新しい大切な存在の命が奪われようとしていた。その事実に怒っていた。拳を握る力が強まる。
「ただじゃおかねえぞ」
「それはこっちの台詞だ、ヒーロー気取りがァ!!」
頭の叫びと共に手下が一斉にイグニスに襲いかかる。イグニスは雄叫びを上げて敵陣に突っ込んでいく。イグニスは1人、また1人と敵を打ち砕いていく。
「エメラ!爺ちゃんを連れて逃げろ!」
エメラはイグニスの言葉を受けて祖父の下へと走り出した。その場に捨てられていた祖父を抱えようとした時、1人の手下がナイフを持ってエメラの前に立ち塞がった。
「逃がすかよ…」
エメラは祖父の前で手を広げて立ち塞がった。そしてその時、地面に木の棒が落ちてあるのが目に入った。イグニスの言葉が脳裏に浮かぶ。── お前が身につけた技は誰かを傷つけるためじゃなくて、自分のロマンを守るために使え──
エメラは足元の木の棒を拾い、手下に向かって突っ込んだ。エメラは手下の足元を狙う。手下はその一撃を後ろに下がって避けた。しかしこの行動はエメラの予想通りだった。エメラは地面に突き立てた木の棒を軸に回転蹴りを放った。手下はその蹴りをもろに食らう。
「へ!イグニス師匠なら今の一撃は防げてたぜ!」
エメラは体勢を崩した手下に木の棒でトドメの一撃を放つ。手下はその場で倒れた。
「やるじゃねえか、エメラ!」
イグニスはエメラに親指を立てる。エメラも同じようにして返す。
「よそ見すんじゃねえぞ!」
頭がナイフをイグニスに突き立てる。イグニスが咄嗟にそれを防御し、両者は組み合った状態になる。
「俺たちトレジャーハンター団に喧嘩を売ったことを後悔させてやるよ!」
「お前らがトレジャーハンター?へっ!笑わせんなよ!お前たちロマンのロの字も知らないような奴らがトレジャーハンターな訳ないだろ!」
イグニスとトレジャーハンター団の頭は激しい格闘戦になる。その中でイグニスのキックを頭が受け止める。しかしイグニスは残ったもう片方の足で飛び上がり、蹴りを入れた。頭が怯んだ隙に間髪入れずイグニスは回転蹴りを炸裂させる。もろにイグニスの攻撃を喰らった頭は吹っ飛ばされる。
「チッ…こうなりゃ…」
頭は祠に走り出し、エメラから奪った鍵を使って祠を開いた。中には怪しく輝く宝石のような石が入ってあった。頭はそれを取り出し、空に高く掲げる。
「闇の力でお前らをまとめて始末してやる!」
「おい、やめろ!」
闇の宝珠は太陽の光を吸収し、紫色の光を放つ。空を暗雲が包み込み、雷鳴が響く。爆音と共に雷が闇の宝珠目掛けて落ちる。頭は驚いて闇の宝珠から手を離す。雷が直撃した闇の宝珠はバラバラに砕け散った。中から闇のオーラが溢れ出し、それが具現化する。
キエェェェェ!
天を劈く叫び声を上げてその怪獣は姿を現した。超古代尖兵怪獣ゾイガー。闇の使者として知られるその怪獣は、"地を焼き払う悪しき翼"と言われ、かつてとある時空のウルトラマンとその仲間たちを苦しめた。ゾイガーはイグニス達をその目で捕捉すると、襲いかかった。ゾイガーは目に映る全てのものを滅さんと暴れ回る。それは自分を目覚めさせたトレジャーハンター団とて例外ではなかった。
「ふざけやがって…!あれ出せ!あれ!」
頭が叫ぶと、手下の1人が懐に入れていた銀色のケースを取り出した。銀色のケースには怪獣が格納されている怪獣カプセルが入っていた。
「この前、怪獣オークションで大金をはたいて手に入れた上物だ!闇の宝珠が手に入れられなかったのは惜しいが、死んじまったら元も子もねえ!」
頭が怪獣カプセルを投げると、その場に火山怪鳥バードンが現れる。バードンはゾイガーを見るや否や襲いかかった。2匹の怪獣は揉み合いになり、そのまま空中戦になる。素早い動きでゾイガーはバードンを翻弄する。ゾイガーの飛行能力は驚異的である。高性能な戦闘機を凌駕するスピードで、ウルトラマンをも苦しめた。
とは言えウルトラマンを苦しめた経験を持つのはゾイガーだけではない。ゾイガーがトドメの攻撃を仕掛けた時、バードンは翼を大きく羽ばたかせ、突風を起こす。思わぬ逆風にゾイガーは体勢を崩したまま吹き飛ばされる。体勢を立て直したゾイガーは口から光弾を放った。バードンもそれに口から吐く火炎で応戦する。両者の攻撃が空中でぶつかり合い、大きな爆発が起きる。
「うわああ!!」
爆風でエメラは吹き飛ばされそうになるが、イグニスが覆い被さってそれを防ぐ。
そして爆炎の中をトップスピードで突き破ってきたバードンが、クチバシをゾイガーに突き立てた。
キエー!キエー!
ゾイガーは苦悶の声を上げる。バードン最大の武器であるクチバシには猛毒が含まれている。このクチバシには多くのウルトラマンが苦しめられてきた。
バードンは速度を保ったまま、クチバシをゾイガーに突き刺した状態で地面に急降下した。地面に打ち付けられたゾイガーの胸には、バードンのクチバシが深く刺さっていた。
「こいつは貰ったぜ!」
頭はバードンの勝利を確信する。事実、ゾイガーの体内には相当量の毒が回っているらしく、ゾイガーも苦しんでおり、バードンの勝ちは確実であった。
…と誰もが思っていた時、ゾイガーの腕がバードンのクチバシの横についた袋に伸びたかと思うと、それを握りつぶした。バードンのクチバシ横の袋は武器である猛毒を生み出す毒腺であり、ここを破壊されると体内にその猛毒が逆流してしまう。
クエェェオ!!
バードンは激痛と自身の猛毒に耐えかねて叫び声を上げ、クチバシをゾイガーから引き抜いた。ゾイガーはその隙を逃さず、苦しむバードンの腕を掴み、引きちぎった。バードンの血潮と叫び声が辺りに広がる。ゾイガーはトドメの光弾をバードンに浴びせる。大ダメージを負ったバードンはその場に倒れ、死亡する。
「バカな…俺の…俺のバードンが…!」
ゾイガーはバードンの死体を漁り、喰い始めた。時折バードンの猛毒に苦しむ素振りを見せたが、すぐに食事を再開する。
そしてあっという間にバードンを平らげたゾイガーの身に変化が起こっていることにイグニスは気づく。
「ゾイガーの体が燃えている…!」
ゾイガーはなんとバードンの持っていた炎の力を取り込み、その身に炎を宿したのだ。ファイヤーゾイガー…と言ったところだろうか。
キエェェェェー!!
ファイヤーゾイガーが雄叫びを上げると、その身から黒い電撃と黒い炎が溢れ、森を燃やし始める。
「おいおい、まずいぞ!」
トレジャーハンター団はその場から一目散に逃げていった。イグニスはこのままではこの星が滅ぼされてしまうと感じた。イグニスはエメラに向かって話し始める。
「いいか、お前はじいちゃんを連れて逃げろ。市場の方にはみんながいるはずだ」
「え、でもイグニス師匠は…」
「いいから走れ!」
イグニスの声に驚いたように、エメラは祖父を連れて走り出した。イグニスは懐からダークスパークとトリガーダークキーを取り出した。トリガーダークキーを起動させ、ダークスパークにそれを差し込む。
『Trigger Dark』
『Boot up!Dark Zeperion!』
「未来を染める漆黒の闇…!トリガーダーク!!」
『Trigger Dark!』
エメラが振り返ると、闇に包まれたイグニスの姿があった。イグニスの姿は巨大化し、やがて闇の巨人が姿を現す。
ジュア!!
トリガーダークはファイヤーゾイガーに対して構えを取る。
エメラが走っていると、向こうから小太りな商人を始めとした大人達がやってきた。
「おーい!」
「エメラ!大丈夫か!?一体どうなって…」
小太りな商人はエメラの無事を確かめると、巨人と怪獣を見上げる。
「イグニス師匠が…あのデッカい巨人になって助けてくれたんだ…!きっとウルトラマンだったんだよ!」
トリガーダークは勢いよくファイヤーゾイガーに飛びかかると、そのまま転がりながらファイヤーゾイガーを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたファイヤーゾイガーは、翼を大きく広げて飛び上がった。ファイヤーゾイガーは空中から炎の光弾を放ち、トリガーダークを攻撃する。トリガーダークはそれを弾き、飛び上がって空中戦に持ち込んだ。ゾイガーの高速飛行をトリガーダークが攻略するのは一筋縄ではいかず、上下左右、あらゆる方向から来る攻撃に防戦一歩だった。しかし、先程のバードンとの戦いを見ていたイグニスには策があった。
『Boot up!Lightning!』
トリガーダークの口が裂け、目が青く発光する。ホロボロスキーを使ったその姿は、トリガーのスカイタイプに相当するスピード型の形態である。トリガーダークはファイヤーゾイガーの攻撃を受け止め、蹴り上げる。凄まじいスピードでトリガーダークは、打ち上げられたファイヤーゾイガーを追う。
両者は目に見えぬスピードで攻防を繰り広げ、空には青い稲妻と闇の炎が軌道として何度も交差する。トリガーダークは手から赤黒い光弾を放ち、ファイヤーゾイガーの翼を撃ち抜いた。片翼を撃ち抜かれたファイヤーゾイガーは地面に墜落する。
エメラや戦いを見ていた者達も、トリガーダークの攻撃に歓喜する。
「やった!」
トリガーダークは墜落したファイヤーゾイガーを追って、地上に降りる。撃ち抜かれたファイヤーゾイガーの翼からは血が流れ、ファイヤーゾイガーも苦悶の声をあげていた。しかし、ファイヤーゾイガーはその傷ついた翼を引きちぎり、もう片方の翼も引きちぎった。
「おいマジかよ!?」
イグニスもファイヤーゾイガーのまさかの動きに驚きを隠せなかった。翼を取って身軽になったファイヤーゾイガーは、トリガーダークに接近戦を仕掛ける。トリガーダークも応戦するが、想像以上のファイヤーゾイガーの怪力に組み伏せられてしまう。
「こうなったら…!」
『Boot up!Impact!』
トリガーダークの目が赤く発光し、全身から赤い棘が飛び出して、ファイヤーゾイガーを押し返す。トリガーダークは拳に赤い棘を纏わせてパンチを繰り出す。しかし、そのパンチはファイヤーゾイガーによって受け止められてしまう。
「なに!?」
ファイヤーゾイガーは、トリガーダークの攻撃を受け止めたのとは逆の拳に炎を纏わせてパンチする。怯んだトリガーダークに対してファイヤーゾイガーは打撃のラッシュを喰らわせる。ラッシュのフィニッシュで蹴りを喰らったトリガーダークは吹き飛ばされてしまう。そして立ち上がったトリガーダークに対して、間髪入れずにファイヤーゾイガーは突進する。その一撃にトリガーダークは再び大きく吹き飛ばされ、山に打ち付けられる。
「ぐわっ!」
トリガーダークはダメージの蓄積で動くことができずにいた。ファイヤーゾイガーは更なる追い討ちとして、炎の光弾をトリガーダークに向けて連射する。トリガーダークは苦悶の声を上げる。トリガーダークは大ダメージでその場で倒れてしまう。ファイヤーゾイガーは倒れたトリガーダークを踏みつける。
「くっ…まずいな…」
イグニス、トリガーダーク万事休す。元から強力な怪獣であったゾイガーは、優良個体であったバードンを喰らい、さらに力をつけてしまった。イグニスの目線の先に、自分を見るエメラやこの惑星の人間の姿があった。過去の記憶がフラッシュバックする。
泣き叫び、逃げ惑う仲間達。無力な自分。あの時、力があれば何も失わなかったかもしれない。だが今もその力には届いていないのだろうか。俺にこの星を、生きる者達を守る力はないのか。俺は…俺は…俺は…
「頑張れ!ウルトラマン…イグニス師匠!!」
イグニスはその声の主に目を向ける。エメラがこちらに向かって叫んでいる。
「俺には応援ぐらいしかできないけど!力になりたいんだ!師匠はいつも助けてくれたから、俺も師匠を助けたいんだ!」
イグニスは自分の胸が熱くなってきたことに気づいた。エメラの言葉を聞いた小太りな商人も声を出す。
「ま、負けるなー!頑張れー!兄ちゃん!!」
他の者達もそれに続く。
「頑張れー!」
「負けないでー!」
「勝ってくれ!ウルトラマン!!」
エメラはみんなも声援を送っていることに喜び、笑顔になった。
「聞こえるー?みんなウルトラマンを、イグニス師匠応援してるよー!だから負けないで!頑張れ!!」
胸の熱が全身を巡る。力が湧き、光が溢れ出す。そうだ、そうだった俺1人で強くなったわけじゃないって自分で言ったんじゃねえか。俺だけじゃ強くないかもしれない。でも俺にはいつも支えてくれる"仲間"がいる。そいつらのおかげで、俺は幾らでも強くなれる
「へっ…俺はウルトラマンじゃないっての…!」
イグニスは、トリガーダークは拳を握りしめる。雄叫びと共に立ち上がり、ファイヤーゾイガーを押しのける。
トリガーダークの体から光が溢れ、その体を黄金に輝かせる。いつだってウルトラ戦士は人々の声援で立ち上がってきた。より強くなって。
「俺にはロマンがある…そしてプライドがある!俺にとっての"ゴクジョー"を守るために戦うためのプライドが!!」
黄金に輝くトリガーダークは、ファイヤーゾイガーを前に再び構える。ファイヤーゾイガーはトリガーダーク目掛けて突っ込んでくるが、トリガーダークは低い姿勢から渾身のパンチを相手の胴体に喰らわせる。その一撃が火花を散らす。イグニスは更に一発、もう一発とパンチをファイヤーゾイガーに浴びせる。トドメにトリガーダークの飛び後ろ回し蹴りが炸裂し、ファイヤーゾイガーが大きく吹き飛ばす。
ファイヤーゾイガーは立ち上がり、自身の口に力を溜めて最高火力の光弾を連射する。トリガーダークは両腕を一度腰の位置に引いて力を溜める。そしてその腕を体の前で交差させ、徐々に広げる。そして腕をL字に組んでエネルギーを放出する。トリガーダーク最強の必殺光線、ダークゼペリオン光線である。
2つの最高火力がぶつかり合い、競り合いになる。両者の攻撃は一歩引かずに拮抗している。
「リシュリアのみんな…俺に力を貸してくれ!ハァァァー!!」
イグニスの顔にリシュリアの紋章が浮かび上がる。それと共にトリガーダークの顔にもリシュリアの紋章が浮かび上がる。リシュリア人としての力を最大限に引き出したイグニスの影響で、トリガーダークの黄金の輝きはより増していく。
「行っけー!!」
「頑張れー!!」
「負けるなあー!!」
イグニスの全力とエメラ達の声援によってトリガーダークの光線の勢いが増し、ファイヤーゾイガーの攻撃を押し返す。トリガーダークの光線がファイヤーゾイガーに直撃し、大爆散する。トリガーダークの勝利である。
「やったあー!!」
エメラ達も喜びを分かち合う。トリガーダークがエメラの方を向き、親指を立てる。エメラも同じようにして返す。トリガーダークは暗雲を貫くようにして空に飛び上がった。トリガーダークに貫かれた暗雲の穴から、光が差し込み、やがて青空が広がる。惑星アシオスに平和が取り戻された。
「えー、では旅の人、イグニスさんに感謝をこめまして…」
「「かんぱ〜い!!」」
その夜、イグニスを労うために市場を上げての大宴会が開かれた。豪華な料理や酒がイグニスに振る舞われた。
ちなみにあの場から逃げたトレジャーハンター団は、街の男達によって捕まったらしい。これからは一生こき使ってやると、皆は話していた。
「なんかここまでさせて悪りぃなあ〜」
「何言ってるんだよ!イグニス師匠は何の得もないのに、俺たちのために戦ってくれたでしょ!ほら、俺の料理があるから食べてよ!」
「俺んとこの果物もうまいよ!!」
食べて、飲んで、歌って、踊って、笑って。こんな人数で騒ぐのはイグニスにとっては久しぶりのことだった。朝まで続いたこの宴をイグニスは思いっきり楽しんだ。
次の日の朝、宴に疲れ切った住民達は皆寝静まっていた。その隙にイグニスは帰る支度を整えて、市場を飛び出した。イグニスは最後にエメラと修行をした山に訪れた。トリガーダークとファイヤーゾイガーの戦いが残した影響は大きかったが、人が住む地域に被害は出ていないようだった。山頂から見ると、辺りは見渡す限りの緑と青だったが、所々に人が活動している気配も感じられた。また来た時には別の街に行くのもいいかもしれない。
「あ、やっぱりここにいた」
イグニスは声のする方を振り向くと、エメラがやって来ていた。
「今日はみんなで送ろうと思ってたのに」
「だろうと思ってたから、早めに出てきたんだ。昨日あんだけやってもらったし、そういうの恥ずかしいしな」
イグニスは照れ笑いする。するとエメラがイグニスに近づいた。
「実はイグニス師匠に渡したいものがあって……はい!」
エメラはイグニスに一枚の紙を手渡した。紙には可愛らしい文字で何かが書かれていたが、恐らくアシオスの言語だったので、何と書いているかは読めなかった。
「嬉しいんだが、なんて書いてあるんだ?」
「あーこれはね、"イグニス師匠専用一生タダ券"って書いてあるんだよ」
エメラは文字を指差しながら答えた。
「俺、この星でレストラン開こうと思ってるんだ。きっと大変なことも多いけど、みんなにも助けてもらいながら頑張ろうと思う。これが俺のロマンかはまだ分かんないけど、もっと凄いロマンが見つけられるかもしれない。とにかくもっと自由にやってみるよ」
「そうか…お前もロマンを見つけられそうなんだな…」
イグニスは紙に書かれた文字をじっくりと見つめる。
「イグニス師匠がまた帰ってくるまでにレストランを立てるつもりさ。師匠はいつでもタダで食べさせたげるから!なんたって師匠はこの星の…いや"俺のヒーロー"だから!」
エメラは満面の笑みをイグニスに向けた。
「こいつは…」
そう言ったイグニスは笑顔のエメラの方を向いた。
「"ゴクジョー"だな!!」
イグニスはエメラの頭をくしゃくしゃ撫でた。エメラは照れながらもそれに喜んだ。2人は笑い合っていた。
「…じゃあ、そろそろ行くわ」
「うん…気をつけてね。あ、困った時は呼んでね!いつでも駆けつけるからさ!」
イグニスとエメラは握手を交わす。イグニスはトリガーダークキーを取り出した。
『Trigger Dark!』
イグニスはトリガーダークへと姿を変えて、エメラの方へ向き直る。
「ありがとな、エメラ!!」
「こちらこそ!元気でね、イグニス師匠!!」
トリガーダークは勢いよく飛び上がり、そのまま猛スピードで宇宙へ飛び出した。
「ありがと〜!!」
エメラはトリガーダークが見えなくなるまで手を振り続けた。この出会いは2人をさらに強くした。そして明日を生きるために必死だった少年にロマンを与えた。エメラはグッと伸びをして、深呼吸する。
「よ〜し!頑張るぞ〜!!」
その頃宇宙に飛び出したイグニスはアシオスでの思い出を噛み締めながら、次に向かう場所について考えていた。すると目の前に何かが漂っているのに気づいた。近づいてみると、どうやら人型のロボットのようだった。
「こいつは…"ゴクジョー"の予感だぜ…!」
イグニスは次なる冒険とロマンの香りに心を躍らせる。そう、彼は銀河を股にかける宇宙一のトレジャーハンター、イグニス。今日もロマンとゴクジョーを見つけ、守るために宇宙を旅する。無数の宇宙、無数の星、無数の人。その数だけロマンがある。次に彼が向かうのは、君の宇宙かもしれない。
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