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秘密の宝石

その日の朝 私は熱を出した
別になんにもしんどくなかったけれど
「これじゃあ今日は学校おやすみね」
お母さんにはそんなふうに言われた

お母さんがそう言うなら仕方ない
今日の給食はビーフシチューだったのにな
がっかりしながら 布団にもぐる
眠たくないのに布団にいるのは退屈だ
丸くなって目を瞑り 部屋の外の音を聞く

ーパタパタ、パタパタ。
みんなの忙しそうな足音
「いってきます」
お姉ちゃんが学校へ行く声
「いってらっしゃい」
それを見送るお母さんの声
ーキィ、バタン。
ドアが開いて 閉まる音

ーパタパタパタ。
足音が近づく
ーカチャリ。
布団から顔を出すと お母さんと目が合う
「お母さんも仕事いくね」
「お昼には帰ってくるから」
「うん、わかった、いってらっしゃい」
お母さんは私の頭をポンポン撫でて
「ちゃんとお水飲んで、ゆっくり寝なさい」
念入りにそう言ってから 扉を閉めた

ーパタパタ、キィ、バタン。
ーガチャリ。

だれもいなくなると 音もなくなった
布団の中は暑くて息苦しかった
「お水、飲も」
のそ…と布団からゆっくり出て
台所に向かった

そのとちゅうで きづいた
お姉ちゃんの部屋の扉が開いてる
しっかり者のお姉ちゃんにはめずらしい
今朝は急いでいたのかな

扉を閉めようと ノブに手をかけたとき
なんとなく隙間から部屋を覗いてしまった
きれいに片付いた部屋の奥
開いたままになっている
勉強机の上の小さなタンスの引き出し

そのタンスはお姉ちゃんの宝物入れだった
見せて!といっても
内緒内緒!というばかりで
一度も見せてもらったことがない

今なら、見れるかも…
音を立てないように、そうっと部屋に入った
心臓のドキドキする音がすごく大きい
机の上の小さなタンスに近づいて
引き出しの中を覗き込む

キラキラしたものがぎっしり詰まっていた
見たことのないほどたくさんのビーズ
パイン 貝がら ケーキ ハート
いろんな形 いろんな色のビーズ
透明で 色が付いていて キラキラ光ってて
絵本で見た宝箱の中みたいに まぶしい

ひとつくらいなら
無くなっても
気づかないんじゃないかな
だってこんなにたくさんあるし
宝石みたいなビーズのキラキラ
お姉ちゃんだけこんなにいっぱい
ずるい!ひとりじめなんて!

私はビーズをひとつ握りしめて
お姉ちゃんの部屋を飛び出した
水を飲むのも忘れて
ドキドキうるさい音を隠すように
布団にぐるぐるにくるまって
気づいたら 眠っていた

「…あっつい!!」
布団が暑くて汗だくで飛び起きた
手の中 何か握っている
広げてみると そこには
青くすきとおった小さな貝がら

暑かったはずの体から
サーッと熱が引いていく
夢じゃなかった

ちいさなタンスの引き出しの中で
キラキラの宝石に見えたそれは
私の手の中に閉じ込められて
ただのビーズに変わっていた

まだ誰も帰ってきてない
今ならまだ 引き出しに戻せる

いや もう だめだ
これはもう 宝石じゃない
あのタンスには戻れない

かなしくて はずかしくて
ポロポロ 涙が止まらなかった

涙に濡れたビーズが
きらきらひかっていた

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