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ねこのベンチ

その町には 毎日たくさんの人が来た

「猫はどこだ」「猫はどこだ」
町中どこでもそこかしこ
ギラギラ光るカメラを構えて
うろうろ歩く人だらけ

その町は「猫の町」
右を見ても猫 左を見ても猫
お店も 食べ物も みんな猫の様
猫による猫のための町
お喋りする猫もいるらしい

嘘も本当もごちゃまぜな
おとぎのような噂話は
またたくまに広がっていく
かくして 猫の町には
多くの人間が訪れることになる

汽車と船を乗り継いで
延々遠路をはるばると
青い港を抱く その町へ
私も一度 旅に出た

猫にまつわる雑貨を売る店
猫のかたちのお菓子を作る店
ブティックにも花屋にも看板猫がいる
噂のとおり そこは猫の町だった

けれど
どれもこれも 
よそいきに見える

町の中心には 小高い山があった
その頂上には 展望台があるという
本当の猫は 山に隠れているかも
そんな気がして 展望台を目指した

展望台へつながる石段をのぼる間
たくさんの人とすれ違った
猫はどこにもいなかった

噂が人間を呼び集めたせいだ
あんまりにぎやかになったから
きっと猫はみんな引っ越したんだ
かなしくなりながら 頂上を目指した

ようやく辿り着いたそこには
砂地と芝生が広がっていた
そこは展望台ではなく
だだっぴろい公園だった

ポツリ、ポツリと 何ヶ所か
赤い木のベンチが置かれている
長い石段に疲れていた私は
そのうちのひとつに腰掛けた

青い港にあつまる船の汽笛が
風に乗って聴こえてくる
「なんだかなぁ…」
せつなさとむなしさで
ぼそり、心の声が口に出た


「ニャア」


まるで相槌を打つように
どこからか 猫の声がした
辺りを見回しても 姿はない

まぁいいか どうせ空耳だ
ここにあったはずの猫の町は
ギラついた人間のせいで
ただの港町になってしまった
私も猫を追いやった一人になってしまった

もういいや、もう帰ろう

帰り際 持っていたカメラで
赤い木のベンチを撮った

帰りの汽車の中で
旅で撮った写真を確かめていると
あの赤い木のベンチの下
1匹のくつろぐ猫が写っていた


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