ほぐし水の精神


「そうか、加わったのは水の味だ。ほぐし水がうまいんだ」
「そうです。市販のほぐし水はただの蒸留水、人工的で味も素っ気もない。今回用意したのは秩父武甲山の名水です」
「ワッハッハッハッハ」
「なにがおかしい?」
「それで究極のメニューとは滑稽千万だな」
「なにッ」
「話はあとだ。まずはこれを召し上がってもらおう」
「これは…!」
「山岡さんのそばよりシャッキリしてるわ…! それに陶然となるようなそばの鮮烈な香り…!」
「これでわかっただろう。そばをほぐし水でほぐすなど無用。茹でたてのそばはほぐさなくてもパサパサしないのだ」
「はたしてそうかな」
「なにっ?!」
「彼女の食べっぷりを見るといい」
「海原さんのそばはたしかにおいしいわ…。大変おいしい…。けれど、山岡さんのそばに比べると気が抜けたよう…。山岡さんのそばのぼそぼそした舌ざわり、小麦粉なのかそば粉なのかも判然としないデンプンの味、わたしが求めていたのはこの味だったの! 昔日本で食べた、本物のコンビニそばの味だわ!」
「これでわかっただろう雄山。料理は単なる材料自慢、腕自慢じゃないんだ。人をもてなす心こそが料理なんだぜ」
「おのれ、小癪な…。この雄山に意見するかっ! こんな程度の低い連中は相手にできん! 後は勝手にしろっ」

数日後……。

「なんだって? マレーネ嬢からお礼が届いた?」
「マレーネ嬢の資産は時価総額で数百億、数千億とも言われてるぞ。そのマレーネ嬢からのお礼となると…」
「山岡さん、はやく開けてみて」
「ほぐし水だ……」
「え?」
「ほぐし水しか入ってない……」
「マレーネ嬢にとってほぐし水はまさに命の水。心から山岡くんに感謝してるからこそ一番大切なものを贈ってくれたんだろうよ」
「ちきしょーっ! ありがたいねーっ!」
「あらあら山岡さんたら、目からほぐし水が出てるわよ」
(了)


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