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大手メディアが書かない将軍様60時間の鉄旅の謎

ここ数日メディアを騒がせている将軍様の朝鮮中国ベトナム4100㎞の鉄道移動ですが、個人的に思うところがあるので書いてみました。

2月23日、朝鮮時間の16時台に平壌を発った将軍様ご一行様の列車が中国時間の22時台に中朝国境の丹東駅に到着。NHKニュースの画像を見ると中国では見ないディーゼル機関車でしたので、朝鮮持ちの機関車でしょう。丹東駅で数10分停車したというのは、おそらく機関車を中国の東風11Z型に付け替え時間と思います。

この機関車、最高時速170㎞出せる重連タイプの機関車で、全部で8台(2台1セットなので4編成)生産されました。普段は北京と河北省東部の北戴河と秦皇島に向かう特快列車の運行に就いていますが、夏の北戴河会議があれば要人列車の牽引機として変身。物々しい警備のなか、東北に向かって進んでいきます。

また、将軍様の父上が2006年に広州にやってきたときも、この機関車は朝鮮の要人列車の先頭に立ち、京九線を南下したという話も聞いていますし当時の走行映像も見ました。

さて、07年に新潮社から出版した『将軍様の鉄道』によると、将軍を乗せた要人列車は時速150〜180㎞出せるものの、実際は暗殺を防ぐために40〜60㎞しか速度を出さないと書いてあります。01年にロシアに訪問したときは他の列車の大遅延を発生させ、裁判ではロシア局が敗訴し賠償金を支払うケースがありました。
また、同本によると、この列車は途中停車することなく終点まで向かう、いうことなので、東風11型にはおそらく交代用の複数の機関士が乗っていたと思われます。

今回の列車はネットだと時速67㎞を出してのんびり走ったと言われています。中国でも鉄の掟は守られていると感じました。

24日の13時ごろ天津駅を通過。22時台から13時台まで1000㎞を約15時間。やはり平均速度67㎞だったことは合っています。

その後列車は、天津から湖南省の長沙駅まで走りました。途中経路の推測ですが、河北省の覇州、保定を経由して京広線を南下します。この日ダイヤの遅延情報や運休情報が入ってきていなかったのでどこまで影響があったのかは分かりませんが、やはり67㎞の速度を維持しながら南下したと思われます。高速鉄道を走るという話は聞かなかったので、さすがの要人列車を時速300㎞の路線で走らせることは中国鉄道も良しとしなかったことでしょう。
25日に長沙駅を発着する一部の都市鉄道の運休案内が出ていましたっけ。

25日19時付のアップルデイリーによると、同列車は25日の24時に河南省の鄭州駅、7時には湖北省の武昌を通過、13時に長沙駅に到着。30分ほど停車したと書いてありましたが、これはおそらく要人列車で使用する手洗いやトイレ、沸かして飲むお湯用の水を給水したほか機関士の入れ替えも行われたのではないでしょうか?トイレが垂れ流し式なのか床下タンクなのかはわからないです。非常に気になりますが。

その後、同記事によれば、15時30分に湖南省の衡陽駅に到着し、進行方向を広西チワン族自治区の南寧に向けて出発。南寧駅まではおよそ11時間の時間がかかったと思います。通過は日付が変わった26日の深夜の2時頃でしょうね。

そして、列車は南寧駅から中越国境の憑祥駅に向かいますが、ここは単線非電化でそこまで速度は出せません。このまま67㎞かけて向かいます。南寧から憑祥までは4時間ですが、もともと速度が遅い将軍様列車にも適用されたことでしょう。

そして26日の6時前後、国境の憑祥駅に到着後、出国手続きが行われますが、対象が将軍様だけでなく身の回りを世話する係や警備兵なども含まれるので、いくら中国側が忖度したとしても時間がかかりそうです。全員分の荷物検査もありますので国境の係官を動員してもすべての手続を終えるのに少なくとも約2時間はかかったと思われます。乗車して60時間あまり、爽やかな朝を迎える時間帯の国境通過はさすがの将軍様でもきつかったのではないでしょうか。

推測ですが、丹東から要人列車を牽引してきた東風11Z型はここでお役目御免、東風4DK型に代わります。この機関車はネット映像でも流れています。

将軍様のベトナム国境のドンダン駅到着が現地時間の8時台、時差がある中国時間は9時台。憑祥駅からドンダン駅までの22㎞区間を担った東風4DK型の役目もここで終わり。将軍様は専用車でハノイに向かったのでした。

なぜ、東風11Z型が国境で東風4DK型という理由ですが、山中を走るためカーブが多く、要人牽引用となる東風11Z型タイプの車両だと小回りがきかないことと、憑祥駅とドンダン駅間の運用実績がないため、小回りがきき、実際に現地の運用に就いている東風4型のアップグレード車である東風4DK型に変えたことはありえます。

ドンダン駅からハノイ手前のザーラム駅までは線路が3本敷かれた三線軌条となっており、南寧からの国際列車もザーラムまで向かいます。お世辞にも路盤が悪いため乗り心地がいいとは言えず、縦揺れがひどく辟易したものでした。ハノイまで鉄道を使用せず専用車まで向かったという気持は良く分かります。

さて、トランプ大統領と会談を行った将軍様の帰路はどこになりますか。鉄道ファンの視点に立てばそればかりが気になる今日このごろです😁。

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