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odd name

これは平成に生まれ平成を生きたある人物の物語である。
この物語の主人公の名前は春日野陽一。
父、雅文と母、佳恵との第一子でとても可愛がって育てられた。
陽一の幼少期は身体が弱く線も細かった為
周りの友達からは、よういっちゃんと
呼ばれることが多かった。

そんな陽一にも特技があった。
小学校から始めた将棋である。将棋を始めたきっかけは小学校を風邪で休んだ日。
その日のお昼過ぎに一人でご飯を食べようと思った時
食卓の上にあった父の読みかけの新聞紙に
気づいた。

難しい漢字ばかり並んでいる新聞を陽一は
普段はまったく見ないのだが
端になにやら面白そうな絵が載っていたのでふと目をそこへやった。それが後に陽一を虜にさせた将棋だったのだ。

王と書かれたマークを倒す。
そんなゲームか何かかと思った。
夕方になり母が仕事から帰ってきた。
しかし母はそのゲームの正体のことをあまり知らず
「お父さんが帰ってきたら教えてもらいなさい。」とだけ陽一に伝えた。

陽一は父が帰ってくるまでの時間を
王の横にある銀と書かれたマークや
王の下にある桂馬と書かれたマークを色々な想像を掻き立てながら過ごした。
するといつもより少し早い時に父が帰って来た。

「お父さんお父さん!これはなあに?なんのゲームなの?」
陽一は帰ってきたばかりのまだ革靴を脱いでもいない父に問いただした。
「あぁそれか、それは将棋という難しい遊びだ。まだ陽一には少し早いかもな。」
と父は少しめんどくさそうに答えた。
「そうき?そうきって何?」
陽一は初めてきいた将棋というものがこれからの陽一の人生を大きく変えるものだとはその時は知る由もなかった。

それから10年、陽一は高校3年生になった。

「ねぇ春日野君って進路どうするの?」
隣の席の坂根さんが聴いてきた。
陽一はプロ棋士になるか大学に進学するか決められないでいた。大学受験に向けて勉強に勤しむ周りのクラスメイトの熱量とは距離を感じることもあった。
「そうだなぁ、将棋のプロにでもなれたらいいんだけどね」
陽一は自ら将棋のプロになりたいという言葉を口にすることで、自分自身にプレッシャーをかけようとしていた。というのも
陽一が通っている石田将棋教室のクラス分けの日が近づいておりA、B、Cあるクラスの内、Aクラスのみプロ棋士になる試験を受ける権利が与えられるのだ。

そんな揺れ動く気持ちのままクラス分けの日は、やってきた。
クラス分けの方法は一日に同クラスの相手と三回戦い三勝したもの、二勝したものはAクラス残留が決定し一勝しかできなかったものは下位クラスの二勝したものとの入れ替え戦で一勝も出来なかったものは下位クラスへの降格がきめられていた。
陽一の大事な初戦の相手は最近調子のいい真中君だった。
真中君は中学三年生ながらAクラス入りをしており、教室の先生からも一目おかれる存在であった。しかし陽一は練習対局で真中君には負けたことは一度もなかった。
振り駒の結果、先手は陽一になった。

陽一は得意の戦法、鬼殺しで真中君の陣地を攻めた。この鬼殺しという戦法は攻撃的な棋譜構成となっており守備を固められる前にどんどん敵陣に攻めていくことができる一方、攻撃的になりすぎて守備力に乏しいという難点もある。
真中君はこの鬼殺しの攻略法をしっかり学んできていたのか陽一は真中君を攻めあぐねた。
終盤になり、少しずつ形勢は真中君に傾いていた。陽一は練習対局では負けたことがない相手にここまで苦戦するとは思っておらず、
一手、また一手と悪手を選択し始めてしまった。ここからはあっという間だった。
「まいりました」

負けを認めたのは陽一だった。
陽一は顔を上げることも出来ず、小さな声で
「ありがとうございました」と言うのが精一杯だった。
一時間の休憩を挟みすぐ次の対局が始まろうとしていた。もう次は落とすことのできない陽一。なんと二局目の相手は真中君の弟の翼であった。翼は半期前に行われた入れ替え戦でAクラスに入ってきたばかりの中学一年生。翼も一局目を負けての対局である。

振り駒の結果、先手は翼。なんと序盤から鬼殺し戦法を使ってきた。陽一は先ほどの真中君の守りがまだ脳に焼き付いていた。かわしにかわされた守備を陽一もなぞって指した。
これはいける。そう陽一は思った。


は、目が覚めた。