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「Four Seasons」 への怪文書

はじめに

今回も素晴らしい新作を頒布してくれたチーム110の皆様に感謝いたします。
モデル、デザイナー、カメラマン、みなさんがそれぞれのお立場で最高の作品を作り上げていただきました。作品を拝見させていただいた喜びを表現する機会が持てることを嬉しく思います。

ウマ娘スーパークリークは実在の人物では無いかと思わせる説得力のあるお写真と、四季折々のストーリーを感じさせる構成は私の妄想を大いに刺激し、スーパークリークと過ごした大切な時間の存在しないはずの想い出が心の中に描き出されました。

写真集「Four Seasons」の構成をなぞりながら、スーパークリークとトレーナーがお出かけ先で撮影する時にどんなことが起きていたのか、ウマ娘の設定をふまえた上で自分なりの解釈を加えて、スーパークリークの解像度が上がるような文章を目指しました。
なお、文中のトレーナーの性別は男女どちらとも取れるよう書いたつもりです。
スーパークリークを愛するすべてのトレーナーさんが幸せな妄想ができるよう願いを込めて。

Four Seasons

今年のレースシーズンが本格化する前に、ワタシはスーパークリークと一つの約束をしていた。
それはレース以外のクリークとトレーナーの記録を残したいというものであった。
記憶だけだといつかは色褪せてしまう、だから写真に残しておきたいと。
昨年のレースシーズンを過ごしてみて、今年は余裕が持てそうだし、ワタシもクリークとの日常の記録を残しておくことは大いに賛成だった。
年間のレーススケジュールに影響を与えないようクリークと相談して事前に四季折々の撮影場所を決めていた。
季節の移ろいの中でどんな写真が撮れるのか、今から楽しみだ。

Spring

撮影場所の自然公園を歩いていると、かすかに水が流れる音がした。小川の音だろうか。
クリークは立ち止まり、遠くを見るような目でウマ耳をぴっと立てて、左右の耳を別々に器用に動かすと程なく耳の動きを止め、クリークの表情が緩む。「水の音はあっちの方ですね。このまま進めばもうすぐ見えてくると思います。」

クリークの言葉通り、1分も歩かないうちに木々の間を流れる小川が見えてきた。
「小川ですね~」
どうだ、当たったでしょと言いたげな顔でクリークが呟く。
「いつかは、海につながるんですよね…」
「そう。キミの名前と同じだね。」
「私は大河になれるんでしょうか…?」
「うん、大丈夫。キミは十分な実績を残してきている。それに…」
「それ…に?」
答えを期待してクリークがワタシの顔を覗きこんでくる。
「ワ、ワタシがついてる!」いつも心の中で思っているものの、あえて口に出すことは滅多にない言葉だ。
「ハイ、そうです。わたしのトレーナーさんはスゴいんです!」クリークは満面の笑顔を浮かべた。

クリークほどの才能があるウマ娘でもレースで勝ち続けるのは容易ではない。相手もいて運の要素も大きい。クリークは精神的にだいぶ強くなったとはいえ、ウマ娘である限りレースのプレッシャーから逃れることはできない。だからこそ、側から見れば茶番のようなやり取りでも常に彼女が前向きでいられるように心掛けている。
ただし気づかいも過ぎればプレッシャーになってしまう。その辺りの距離感は最近ようやく分かってきた。実際は簡単な話だ。ワタシがトレーナーとしてクリークを信じ切ればいいのだ。

歩き続けると、程なく開けた空間に出た。目の前に広がる一面の菜の花。我々以外にも多くの家族づれやカップルが思い思いに散策している。菜の花の間を走り回る子供たちを見てクリークが目を細めていた。
「私たちも行きましょうか、トレーナーさん。」
クリークと共に菜の花に近づくと、遠目で見るより菜の花の背が高く、クリークが少しかがむだけですっぽりと菜の花に囲まれてしまった。
『ちょっと待って。ウチの担当ウマ娘、アイドル並みに可愛いんですけど…』
周りに人がいるのでさすがに声には出せないが、必死にカメラのシャッターを押しながらその日は一日中そんなことを考えていた。

菜の花畑を越えると、桜並木が見えてきた。
クリークのワンピースのリボンと同じピンク色の可愛らしい花を付けていた。
遊歩道沿いに数十本の桜が並び、どの木もほぼ満開で、一部散り始めた花びらがクリークの髪や肩にヒラリと舞い降りた。
「クリーク、上を見上げてごらん」ワタシはクリークにうながした。
「まぁ!キレイ‼︎」満開の桜の花びらに春の柔らかな日差しが降り注ぎ、そよ風を受けて揺れる花々がピンクの宝石のようにきらめいていた。
「そのまま見上げて歩いてごらん。もっとキレイに見えるよ。」
「でも、ちょっと危ないかも…」
「大丈夫。手を出してみて、ワタシが足元と前を見てるから。」
ワタシはクリークの手を取り、ゆっくりと慎重に歩き始めた。
「キレイ…トレーナーさん、とってもキレイです」桜を見上げながらクリークはつぶやいた。
その時はクリークの安全最優先だったので、写真を撮ることはできなかったが、クリークの顔を心に焼き付けた。その嬉しそうな横顔はワタシの生涯の宝物だ。
少しだけ進んでクリークが交代してくれた。
「トレーナーさん、キレイですよね~」クリークが話しかけてきた。
『綺麗なのは桜だけじゃなくて……』ワタシは心の中でつぶやいた。

撮影を終えて荷物をまとめているとクリークがもじもじしながら話しかけてきた。
「あの、トレーナーさん…さっき…」
「どうしたのクリーク?」
「何か、こうすごくさらっと私の手を握ったと思うんですけど…」
「え? あ!桜の下で! ワタシが誘っておいてなんだけど、危ないと思ったからね」
「トレーナーさん、すごくさりげなくて… トレーナーさんに手を握られた感覚がまだ残っていて……」
「えっ? いや、あはは…」
両手を優しくさすりながら、クリークはまんざらでもない様子だった。

Summer

当日の朝、待ち合わせ場所に行くと白いワンピースで白い日傘を差しているウマ娘が立っていた。顔は見えていなかったが見慣れた色の尻尾だったので、クリークだと分かった。
彼女の前で車を停めると日傘を閉じてクリークが近づいてきた。
「おはようございます、トレーナーさん。見てください! この帽子かわいいですよね‼︎」挨拶もそこそこに、水色のリボンが付いた麦わら帽子を指差しながらクリークが話しかけてきた。
「耳ですよ、耳‼︎」興奮気味に自身のウマ耳を指さすクリーク。
「あ!あの時の帽子だね!」
去年2人で海にお出かけした時に、クリークは直前に麦わら帽子を一目惚れして購入したのだが、耳穴を加工してもらうお直しの時間がなくて、そのまま持っていったものの海で抱えているしかなく、不完全燃焼だったのだ。
あの時の波打ち際ではしゃぐクリークの姿を思い出した。白いワンピースに身を包んだクリークの清楚さに目が釘付けになったが、帽子は来年リベンジだねと2人で話していたのだ。
麦わら帽子に丁寧に加工された穴から伸びたウマ耳をくるくると動かしながら満足そうに微笑んでいる。クリークの笑顔を見てると、こちらも嬉しくなる。

移動の車中でクリークから聞いたのだが、ウマ娘にとって耳とか尻尾は特に衣料品にあっては微妙な問題であるらしく、ウマ娘によって大きさや位置が少しずつ異なり、ウマ娘向けの既製品であっても実際に着用すると体に合わないことが多く、ボタンやマジックテープなどで調整可能にしたものを選ぶしかない。そういうのは大抵無難なデザインのものしかなく、オシャレにこだわるならヒト娘用のモノをお直しすることが多いそうだ。

ウマ娘は決して希少な存在ではなく、優れた身体能力を除けばヒト娘と大きな違いがあるわけではない。それでもそういう不便さが生じているのが現実だ。ウマ娘と共に仕事をする身として、彼女たちが少しでもストレスなく生きられるようにも尽力しなければならないと思った。

肩掛けバッグとお気に入りの帽子を後部座席に丁寧に置き、クリークが助手席に座った。
「今日もよろしくお願いしますね。」いつも通り丁寧な挨拶だ。
「トレーナーさん、朝ごはん食べてないですよね。私、お弁当を用意してきました。あ、お昼の分は別に有りますからね。」いつも通りのクリークだ。今日も早起きしてくれたのだろう。クリークの料理は何を食べても美味しいし、その気遣いに頭が下がる。
「トレーナーさん、あーんしてくださいね。」さっそく膝の上の包みを解くと卵焼きを食べさせてくれる。そう、これもいつも通りだ(笑)

クリークの手作り朝ごはんを味わっているうちに、郊外の山の中腹にあるヒマワリ畑に到着した。
撮影場所を決める際に海かヒマワリか迷ったのだが、去年海に行ってるので今年はひまわりを選択した。
「ひまわりって明るくて元気よく真っ直ぐ立っていてクリークみたいだね。」と言ったら、「ひまわりって、トレーナーさんの笑顔みたいです。」とクリーク。
ワタシたちは似たモノ同士だねと笑ってしまった。

受付に行くと、切花のひまわりが手頃な値段で売っていたので撮影の小道具用に数本購入。
クリークがひまわりを持つと、それだけで絵になってしまう。ひまわり恐るべし(笑)

撮影を始めた時はまだ朝の時間帯で、心地よい風が吹いていたものの徐々に気温が上がってきたので、なるべく早く切り上げようということで、夢中でシャッターを切っていった。ひまわりを背景にたたずむクリークはどんなショットでも完璧に絵になっていた。クリークとひまわりの組み合わせは最強だと思う。

実はこの日、クリークから日焼け止めを借りて2人で塗りまくっていたら一本使い切ってしまった。後で調べたら割といい値段のものだったので、後日2本プレゼントしたら結構喜ばれたのもいい思い出である…

Autumn

今日のお出かけは勝負服だ。といってもクリークが普段G1レースで着用するモノでなく「原案勝負服」で、正式な勝負服が決まる前に試作したモノだ。試作ではあるがレースで着用できるくらいしっかりとした作りでクリークのお気に入りでもある。初心を思い出したい時に着用してお出かけすることもあるそうだ。デザイン的には背中が大きく開いた(肩から腰まで!)セーターが特徴で体温上昇時に放熱しやすくなっているが、人前で着るには大胆すぎるためストールが欠かせないという。この辺りが現在の正式勝負服に変更になった理由かもしれない。

もちろん今日のお出かけもストールを羽織っているが、クリークは何というか自身のセンシティブな魅力に無頓着なのか無関心なのか、時々非常に大胆な言動をするので驚かされることがある。 
ワタシがいる時は全力でフォローできるが、男性の前では勘違いされると困るので気をつけて欲しい。(ホント、頼むよクリーク!)

今日の撮影は自然公園の中だったが、紅葉の綺麗なところまで行くのに山道をかなり登ることになった。日中はポカポカ陽気だったので、体温調整しやすい原案勝負服でよかったようだ。

秋の日差しが幾重にも重なった赤や黄色の葉に当たり、ステンドグラスのような複雑な色合いになっていた。
クリークと紅葉がバランスよく写る場所を探しながら、山道の途中何ヶ所かで撮影していった。
休憩所に着いて休んでいたら、クリークがしゃがんで何か探している。
「よく子供たちとどんぐり探ししたんですよ。託児所の手伝いをしてる時に、子供たちと保母さんたちと裏山に探しにいったのを思い出していました。」
まあるいどんぐりをつまみ上げながらクリークが続ける。
「子供たちのタカラモノでした… でも2つ拾ったら1つは森に返すんです。森の生き物たちの大切な食糧ですから。」
クリークのやさしさは託児所を手伝ってる時に育まれたのだろうか。
レースで戦うアスリートとしてどうかと思うところも無いではないが、そのやさしさに助けられているのは間違いなくワタシ自身だった。だからこそワタシが彼女を支えないといけない。やさしさを無くさずに強いウマ娘に育ててあげたい。

気がつくと2人で夢中でどんぐりを拾っていた。記念にいくつかのどんぐりをポケットに入れて、暗くなる前に自然公園の入り口まで戻ることにした。山を下りながらクリークがどんぐりころころの歌を歌ってくれた。ワタシにとっては童謡を歌うクリークはとても新鮮で、やさしい歌声がいつまでも耳に残った。

山を下りて荷物をまとめているとクリークが売店で温かいお茶を買ってきてくれた。
2人で温かいペットボトルで両手を暖めホッと息をついた。
「ありがとう、クリーク。」でもクリークは少し寒そうにするその背中。
レースシーズン中であるから風邪を引いたら大変だ。ワタシが慌てているとクリークがまっすぐにワタシを見つめて呟いた。
「トレーナーさんも一緒にくるまっちゃいますか?…なんて。」
イタズラっぽい表情のクリークに完全な不意打ちをくらい、ワタシは返す言葉を見つけられないまま自分でもみるみる顔が赤くなるのを感じた。

Winter

トレセン学園の学生であるうちに制服で写真を撮っておきたいというクリークの希望で冬服とコートでの撮影となった。
今年のレースシーズンを終えた開放感からか早朝の出発にも関わらずクリークはいつもより饒舌で終始ご機嫌だった。
クリークは大人っぽくておとなしい性格だと周囲に思われがちだが、気の置けない仲間やワタシの前では年齢相応の少女のように振る舞うことも多い。

クリークは移動中の車の中でたっぷりとお弁当を食べ、現地到着の頃には準備万端で、駐車場に停めるなりドアを開け周囲を見回していた。
クリークはいくつも撮影したいカットがあったので、時間を無駄にしたくなくて車を降りるなり周囲のロケハンを始めたのだ。
雪の中のベンチ、足跡の付いていない開けた場所、クリークは走り回りながらあっという間に撮影場所を決めていった。

クリークが撮影の小道具にと買ってきた手持ちのピロシキにかじりついた途端、想像以上に熱々の煮汁が中から飛び出してきて舌を軽く火傷してしまったらしい。さすがに周囲の雪を食べるわけにもいかず、ワタシは急いで冷たいお水を買ってクリークに渡した。
クリークは水を口に含むと少し落ち着いた様子になった。
珍しくウマ耳がペタンと垂れ下がっていたので、恐る恐る撮ってもいいか尋ねたら、
「これも記念になりますね。へへへ。」と力無く笑いながら同意してくれた。
熱々のピロシキはだいぶ冷めていたが、念のためクリークがフーフーしてから「あーん」してくれたのでとても美味しくいただきました。これはトレーナーの役得です(笑)

ピロシキを食べ終えると、撮影場所を変えながら数カット撮影した。
そして、クリークがどうしても撮りたかったという鉄道会社のPRポスター風写真を撮ることに。
新雪の上に横たわったクリークは予想以上の冷たさに「トレーナーさ~ん、冷たいです~」と声を上げたが、このカットは耐えるしか無い。
また、思った以上に雪の照り返しが強くてなかなか目が開けられない。
「クリーク、顔の下に手を置くんだ! ここは我慢だ」
早く終わらせるには、最短でいい写真を撮るしかなかったので、クリークを励まし続けた。
クリークの努力でとても良い写真が撮れたが、クリークの足が冷え切ってしまっていたようなので、ワタシは急いで携帯用カイロの封を開けクリークに二つ手渡した。
「ありがとうございます。トレーナーさ~ん」カイロが暖まるにつれクリークの表情が緩んできた。
「良いの撮れたよ」ワタシは撮影した写真をチェックしてクリークにも見せた。
「わぁ~、ありがとうございます、トレーナーさん! 良いの撮れましたね。」満足そうな笑顔を見せるクリークに頑張ったねとねぎらった。

予定していたカットの撮影をすべて終えたが、撤収予定時間まで余裕があったのでどうしようか考えていたら、ワタシの頭に何か冷たいものが当たった。
顔を上げると雪玉を手にしたクリークがニコニコ笑っていた。
「やったね~クリーク!」と言うと、
「望むところですよ!トレーナーさん‼︎」とやる気満々で返すクリーク。

こうなれば受けて立つ以外にあるまい(笑)
雪遊びなんて何十年振りだろう。もちろんウインタースポーツで雪山に行ったことはあるが、両手に雪玉を持ち、相手とキャーキャー言いながら真剣に投げ合ったのは子供の時以来である。
クリークも小さい頃から託児所の子供相手に雪合戦は毎年やっていたが当然手加減をしていて、真剣に雪玉を投げ合うのは生まれて初めてだったそうで、普段は優等生のクリークが子供のように歓声を上げる姿は何とも愛らしく微笑ましかった。

遊びと言ってもウマ娘の身体能力の高さゆえ、手加減しているにも関わらずクリークが投げた雪玉がまともに顔に当たるとかなり冷たく、そこそこ痛かった。ワタシは無我夢中で手当たり次第に雪玉を投げ返していたら、その中の一つがクリークの耳に当たり、中に入り込んでしまった。
クリークは慌てて雪玉を振り払おうとするが、手袋をしているせいかなかなか払い落とせない。
「ごめん、クリーク!」ワタシは手袋を外しながら駆け寄ると、すぐに彼女のウマ耳から指で雪をかき出して、冷えきった耳にハア~っと息を当てていた。
クリークも落ち着いたのか動きが止まった。
クリークの耳を暖めたくて指で彼女の耳をもみほぐしながら顔女の顔を覗き込んだ。
「ゴメンね、痛かった?」
「……」返事がない。
「もぉぉ、トレーナーさん…」クリークは小さく呟くと見るからに顔が赤くなっていった。
「えっ? だいじょ…」と言いかけた時に、クリークがワタシの手をつかみ、積雪1メートルはありそうな新雪にワタシは文字通り投げ飛ばされた。
あっけに取られていると、今度はクリークが覆い被さってきた。
え?えっ?? 顔が近い…
何が起きたのか理解できないでいると、
「トレーナーさん、耳はダメです。耳は…」クリークがワタシの耳元で囁く。
クリークは立ち上がるとワタシの手を取りゆっくりと起こしてくれた。
呆気に取られたワタシを見てクリークが大笑いする。
上気した顔でイタズラっぽく笑うクリークを見てワタシはクリークの言わんとすることをようやく理解できた……

服についた雪を払いながら時計を確認すると、撤収予定時刻が迫っていた。
顔を上げるとクリークが手を差し出していた。
「行きましょう、トレーナーさん!」
やわらかくて暖かい手だった。ワタシはクリークの手をしっかりと握り歩き始めた。


そして また次の春が来る……


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