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「死」ぬことは他人事か。

どうも。アーリーです。

今回の記事は正直投稿するか迷いました。
不謹慎だと捉えられる可能性もあるかもしれない。
ただ、自分のnote執筆のモットーとして、
その時に感じたことを投稿しようと決めていたので投稿しました。
不快に感じられた方がいれば申し訳ございません。


友達のお父さんが亡くなった。持病はなかったらしい。
ほんとに突然亡くなったらしい。52歳だったそう。
お会いしたことは1度もなかったけど、
大好きな友達のお父さんが亡くなることが
自分にとって、とてもショックだった。
そして、友達が辛そうにしている姿をみて、
同情して、話を聞くことしかできない自分がやるせなかった。

友達は
「なんで突然いなくなるんだよ。やっと仲良くなれたばかりだったのに。
これから家族でたくさんお出かけしようと言ってたのに」と言ってた。

友達のお父さんは、友達が高校生の頃まで週7で働いていたらしい。
だから、家族で出かけるのは誕生日にご飯に行くぐらいだったそう。

ただ、最近落ち着いてきたみたいで、友達のインスタグラムの投稿にも家族写真が投稿されたり、「今日は家族でご飯行くねん」って楽しそうに言ってた。

辛いだろうに、自分の前では強がって笑顔で振る舞う姿に何も言えなかった。


自分も大好きなおじいちゃんもおばあちゃんも大学生のうちに亡くした。
もっと感謝伝えとくべきだったなとか写真とか撮っとけばよかったって
後悔はもちろんある。
でも、70歳前後だったので年齢的にもある程度納得ができた。

でも今回の友達の件で、他人事じゃないなと感じた。
家族、友達、お世話になっている人、そして自分もいつ死ぬかわからない。
年齢なんて関係ないなと感じた。

もし自分が明日死んでも後悔のない毎日過ごせてるのか。
もし家族や友達、お世話になっている人達が明日いなくなってしまっても
後悔はないって言い切れるのか。

自分に問いかけてみた。

今のままだとめちゃくちゃ後悔すると思う。
かといって、毎日家族や友達、お世話になっている人達に会えるかと言われるとそれは不可能である。
そして、毎日緊張感を持って生きる。それも不可能ではないと思うけど、しんどい。

だから、

自分に関わってくれる人に対して、尊敬と感謝を忘れない。
そして、自分は「今日も楽しかったな。生きててよかった」
って寝る時に言えるような日々を過ごす。

そして、

友達の気持ちが少し落ち着いて自分を必要としてくれた時に、
全力で友達が笑って過ごせるような毎日になるように
背中を押してあげる。絶対に。


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