人形の選び方

 2023年4月、たまさかテレビ番組で人形特集が組まれた。
 NHK「ドキュメント72時間 愛しのドールに見つめられて」

 BSフジ「ガリレオX  人間にとって“人形”とは何か?文学・美術・生活の中に息づいてきた人形たち」

 番組で「ドール」を身近に感じたかたも多かったのだろう、わたしの画廊にもはじめてご来廊されるかたが少なくなかった。

 そこで今回は、初心者向けの球体関節人形選びのポイントをまとめてみよう。記事が進むにつれてマニアックな内容になっていく。各項目の、よりマニアックな内容は以前に書いた記事で補完されたい。
 なお筆者は、創作人形と総称される、作家による手作りの人形を主に扱うギャラリーのオーナーである。
 この記事で念頭に置いている球体関節人形は
 1.石塑粘土による創作球体関節人形
 2.磁器による創作球体関節人形(ビスクドール)
 3.樹脂製の球体関節人形(キャストドール)
の3種類である。素材で分類している。その理由は後で書く。

人形の選び方 条件1 お店に行く

 球体関節人形をどこで買うか? 通販という方も多かろう。
 とはいえ人形を選ぶには、ある程度統一されたコンディションの複数の人形を、比較しながら選ぶのが最適である。それにはお店に行くのが一番だ。しかしあいにく人形を買えるお店は多くない。創作人形と呼ばれる、作家による手作りの人形を常設している店舗やギャラリーは、首都圏と関西圏に数件、というのが実情だ。
 キャストドールと呼ばれる樹脂製の人形を扱うショップは全国の主要都市にある。こちらは筆者の専門外だが、youtubeなどで各人形メーカーの特徴を紹介する動画などがアップされているので参照されたい。
 初心者であればこそ、まずはお店でスタッフと相談してほしい。「○○という人形を××という経緯で知りました。今日はとりあえず検討段階なのですが、○○の取り扱い方で注意点などはありますか?」等と聞くと、お店の立場としても提案がしやすい。


人形の選び方 条件2 どこに飾るか?

 お店に行く前に、あなたの部屋の、どこに飾るかが検討されなければならない。スペースならたくさんあるよ、という方は幸福である。そうでなければ、スペース作りからはじまる。本棚の一角を人形のスペースにするのもよし、新たに飾り棚を置くのもよし。ただしあまり高い場所に置くのは望ましくない。日本は地震大国である。落下すると破損のリスクが生じる。また、日光が降り注ぐ場所も避けたい。人形には様々な素材が用いられている。髪や衣装など、日光に弱い素材もある。
 倒れないように据え付けた、扉付きの飾り棚におくのがベターである。扉は地震の振動で簡単に開くので、カギをかけておくことが望ましい。
 肘掛が付いた椅子をまず購入し、その座面に好きなものを置くことからはじめよ、と指南するかたもいる。これはいい提案だと思う。そこを起点に部屋作りも素敵な方向に変わっていくだろう。
 ともあれ、スペースを確保したら、そこにおける上限以下のサイズの人形が購入の対象となる。

余談1:美術作品を買う際の基本

 絵画を扱う画廊主に「その作家の主要なモチーフが描かれた、予算の範囲でいちばん大きな絵」がお薦めだと言われたことがある、正しい。 
 現代美術の場合は「いずれ価格があがるかも」という宝くじ感覚で作品を購入する顧客も多いので、リセールの際に「わかりやすい」作品が好まれるという部分はある。

人形の選び方 条件3 どう遊ぶか?

 しかし人形と絵画等の美術作品との大きな違いに、「愛玩」という要素がある。人形は人形遊びができる。筆者のようなアラフィフの男でも、展示替えのために人形を移動させるだけで愉しい気分になる。
 最近は人形の写真を撮ってSNSにアップするという楽しみ方をする人も多い。
 大まかな傾向として、石塑粘土の創作人形は鑑賞の対象で、ビスクドールはポーズを変えたり、アクセサリをプレゼントしたり、あるいはその変化を撮影して楽しむ人が多いようだ。
 キャストドールの購入者は、着せ替えや、ウィッグの交換、あるいは目の交換等のカスタマイズも、人形遊びの範疇となる。
 素材によって遊びの範囲が変わる。石塑粘土の人形の髪は、頭に直接貼られているので交換できない。石塑の人形もビスクドールも、目の交換は通常できないし、するものではない。「創作」人形である以上、髪や衣装も作家の表現であるから、軽率な変更は避けたい。
 あなたがどう遊びたいか、で選ぶ人形は変わる。

人形の選び方 条件4 素材と遊び方

条件4-1 キャストドールの遊び方

「ドキュメント72時間」ではvolks社が運営する秋葉原のドール専門店での来店者インタビューがメインの題材となっていた。
 ここで扱われている人形はいわゆるキャストドールである。キャストドールという用語は「原型師が制作した人形から金型を取り、その金型にウレタン樹脂等の素材を流し込んで(これを「鋳込み」と呼ぶ。この射込みを英語でcastと言う)製作された人形」の総称として現在は使われている。
 ウレタン樹脂による球体関節人形を最初に商品化し、普及させたのがvolks社である。プラモデルの愛好家がその技術を使ってカスタマイズできる点が画期的だった。だからウィッグの交換や、グラスアイの交換が楽しみ方の前提となっている。総じて、着せ替えや野外撮影という人形遊びに用いるには、破損のリスクがもっとも低い素材と考えられる(破損のリスクがないわけではない。自己責任でお願いします)。
 壊れにくい、というのは大きなメリットである。
 しかし以前にも書いたように、人形には理想の素材はない。どの素材にも一長一短がある。ウレタン樹脂は壊れにくいが、長期的には加水分解という化学変化が生じる。具体的には肌の色が変化する。

 われわれの画廊は基本的にウレタン樹脂等を用いたキャストドールを扱っていないが、遊ぶことが目的であれば、まずはキャストドールの購入を検討されることを薦めることもある。
 われわれが扱っているのは、主に石塑粘土で作られた人形や、磁器素材で作られたビスクドールと呼ばれる人形であるが、中が空洞で、内部のゴム紐でポーズを保つという点ではキャストドールと同じである。
 基本構造を知り、人形と親しむために、まずはキャストドールという選択肢は有力だ。volksのスーパードルフィーも、商品化のきっかけは同社のカリスマ原型師である圓句昭浩が、ご細君の創作球体関節人形コレクションを見て、得意とする素材で制作した人形がベースとなっている。

 では、創作球体関節人形のルーツは?

 現在は作家の人形制作の動機も多様化しているので一概には言えないが、基本的に石塑粘土の人形のルーツにはハンス・ベルメールというポーランド系のドイツ人が制作したエロティックな人形が、ビスクドールのルーツにはファッションドールと呼ばれる西洋人形がルーツにある。

条件4-2 石塑粘土の人形の遊び方

 石塑粘土の人形は、ベルメールが写真作品のモチーフとして制作した人形がルーツにある。ベルメールは、ナチスドイツや、ナチスに傾倒する父親に反発していた。ナチスの奉じる「超人思想」への反感から、エロティシズムなどの不健全なモチーフを選び、ロマン主義的な題材を写実的に描く「大ドイツ芸術」に反抗して版画や写真などのチープな技法で作品を制作した、とされている。
 ベルメールのエロティシズムに影響を受けた日本の人形作家が、試行錯誤して拵えたものが日本の芸術性のある球体関節人形のはじまりである。
 石塑粘土の人形は、基本的に粘土の肌に絵の具で直接ペイントをしている。このメイクは立体に施された絵画のようなものなので、素手で触るべきではない。また、関節もあまりごりごりと擦って動かすと、絵の具が剥げてしまうことがある。しかし作家のタッチが出るという意味で、優れた美術表現たりうる。髪や衣装も含めて、作家の「表現」がいきわたった作品である。
 触って遊ぶには、幾分の注意が必要である。基本的には「作家による表現」を眺めて楽しむ対象である。

条件4-3 ビスクドールの遊び方

 ビスクドールの塗装は専用の窯で焼き付けたものなので、基本的に色は落ちない。素手で触っても構わない。手垢がついても拭けばいい。ただしティーカップ同様の磁器だから、落とせば割れるリスクがある。
 ビスクドールの直接のご先祖は、ファッションドールと呼ばれる、18世紀当時、最新ファッションを伝えるために作られたマネキンである。ルーツがここにあるので、洋服の着せ替えも楽しみのひとつである。現代の英語圏における「fashion doll」はそのまま「着せ替え人形」の意となっている。
 着せ替え遊びにも適した素材である。しかし作家が表現として衣装を選択した創作人形という点では石塑粘土の人形と変わらないので、遊び方にもセンスが問われる部分はある。 
 個人的には、素材の劣化がないという点と、室内灯、自然光等でメイクが様々に見えるという点で、いろいろな条件で写真撮影をするのが面白いと思う。

余談2:人形撮影の注意

 人形遊びとしての写真撮影は大きなジャンルとなった。それだけに撮影時には様々な注意が必要である。
 破損のリスクは避けるよう注意しなければならないのは言うまでもない。
 人の多いカフェなどで存在感のある人形を撮影することや、他の人が写りこむような場所で撮影することは無用なトラブルを招くので注意したい。
 また、作品を購入した後も、作品の著作権は作家に所属する。当然のことながら、撮影した作品を勝手に写真集にしたり、ポストカードにして販売することはできない。SNS等にアップすることも作家がNoだと言えば従わなければならない。

まとめ

 自分がどのように人形と遊びたいかを考えて、素材ごとの特性を理解し、自分の好みにあった人形を選ぶには、的確なアドバイスがあったほうがいい。最初の条件に「お店に行く」ことを挙げたのは、そういう意図である。
 顧客がどう遊びたいかを聞いたうえで、素材の特性等を説明できないお店やスタッフは、信頼性に欠けると言わざるを得ない。友人、ショップスタッフ等、信頼できる仲間をまずは見つけることは大切だ。
 また、素材や遊び方の原則をふっとばして「この子にきめた!」と惚れ込む人形に出会うこともある。そうなるとその作品に合わせて遊び方や保管するしかない。想定外の素材であれば、尚更その扱いについてのアドバイスは重要である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?