いちご、コーヒー、生クリーム、照り返されるやわらかなひかり
初めて行く喫茶店、地下に続く急な階段を降りる。けっこう混んでいるなと思ったら、最後のひと席のようだった。一押しらしい、いちごのショートケーキとブレイクファーストを頼んで、ちょっとひといき。最近はコーヒーのことを知りたくて、そして好きになりたくて、喫茶店に入るとだいたいコーヒーを頼んでいたけれど、今日は背伸びの気分じゃないので紅茶に落ち着いた。クラシックのバック・グラウンド・ミュージックと客らの喧騒に身体を預けて上を見る。オレンジ色のひかりが観葉植物とテーブルを照らしている。ひかりを受けた丸いスグリの実と、きらきらひかるガラスのティーポッド、いちごのショートケーキが完全にクリスマスで、私は子どもの頃1度だけ来た「緑のサンタさん」を思い出した。
多分3歳か4歳くらいの冬の夜、父親がよく「北島さん」という男の人を家に連れてきていた。多分父親の仕事関係の人。穏やかで、あまり喋らない人だった気がする。ただ単に、子どもとどんな風に接したらいいのかわからなかっただけなのかも。人見知りの姉と、全く人見知らない私に挟まれて、いつも困ったように笑っていた。今思うと無口な人が口から生まれたのかと思うほどおしゃべりな父親と仲がいいというのも不思議な感じがするので、やはり子どもとの触れ合い方わからないおしゃべりお兄さん説が濃厚か。ちなみにその頃私はジョイントマットで家をつくるのにハマっていたので、よく北島さんに家づくりを手伝わせていた。
ある夜父親が帰ってきて、大声で私たちを呼んだ。「緑のサンタさんがきたよ!」
幼児にとって「サンタさん」がどれほど大きい存在か、きっとだいたいわかると思う。みんなの「サンタさん」がわざわざ自分の家にきたのかと、遊んでいたおもちゃを全部放り出して大喜びで玄関に走ると、
緑のトレーナーを着て、サンタクロースの帽子を被った北島さんが困ったように立っていた。
幼児的には「サンタさん」と「北島さん」の落差はなかなかに大きく、残念ながら私と姉の反応は芳しくなかった。北島さんは、めちゃくちゃに滑っていた。加えていつもと様子が違うのでよそよそしくされていた。
大方私の父親に「緑のサンタさん」に仕立て上げられたのだろうが、彼はこういうとき責任を取るタイプでもフォローをするタイプでもないので、北島さんはかわいそうな人となった。クリスマスプレゼント、もらった気がするんだけど、なんだか思い出せない。外国のチョコレートとかだった気がしなくもないが、やっぱり覚えていない。
「緑のサンタさん」、当時の私には全く刺さらなかったけど、今の私はこういう人が大好きで、とても愛おしいと思う。北島さん、子どもの頃優しくしてくれてありがとう〜。私の今までのクリスマス、1番の思い出です。今頃何してるんだろう。ていうか、何をしていた、どんなひとだったんだろう。お父さんに、聞いてみようかな。
待ちのお客さんが出てきたので、紅茶を飲み干して、お会計をする。最近ぐっと秋めいてきた。私の今年のクリスマスは、もうこれでいいな、と思った。
ちなみに緑のサンタさん事件の後、「緑のサンタさん」の亜種として、私たち姉妹の間でのごっこ遊びのなかで「水色のサンタさん」「ピンクのサンタさん」などが生まれ、ちょっとしたブームを巻き起こした。
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