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天海春香学会Vol.2サンプル「天海春香の謎——765 プロに入るまでの空白期間——」

掲載:天海春香学会Vol.2
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著者:スタントン
※noteに投稿するにあたり、一部学会誌と体裁が異なりますのでご了承ください。

0.はじめに

・「昔、公園で歌のうまいお姉さんと一緒に歌ったことがアイドルを目指した原体験。小さいころから歌うことが大好き(後略)」※1

・「芸能界に入ったらいつか会えるかもって思ってたけど、本当に会えるなんて、ああっ!夢みたい!(中略)小さい頃お母さんに連れられてコンサートを観に行ったんです!」※2

・「……私の夢は、アイドルになることです。公園でいつもうたをうたってくれるお姉さんみたいに、うたって、おどって、テレビやざっしにも出て、大かつやくして、みんなでニコニコしていられるような、そんなステキなアイドルに、私はなりたいです。天海春香」※3


幼い頃アイドルに憧れ 765 プロへ入り、
トップアイドルを目指す。

天海春香が登場する作品において、必ずと言っていいほど描かれるバックボーンである。これは天海春香の核であり、かつ、彼女をステージへと向かわせる原動力である。

しかしながら、いずれにしても彼女がアイドルという職業を意識したのは幼少期であることが明示されているため、その意識をしたタイミングと 16 歳や 17 歳といった彼女の現年齢※4とには、数年から 10 年近い空白期間が存在することになる。

例えば、同じ 765PRO ALLSTARS の双海亜美、双海真美は 12 歳ないし 13 歳※5でアイドルを始めているし、シンデレラガールズ・SideM には 9 歳のアイドル※6も存在しているが、天海春香は決してそうではない。なぜ彼女は幼少期にアイドルを志していたにも関わらず、すぐアイドルにならなかったのだろうか。

本稿ではその空白期間を主題とし、制作側の視点及び彼女自身の境遇の両方から、なぜその空白期間が生まれたのかを検討する。

※1 プラチナアルバム、P.9
※2 Eternal Prism01、『伝説のアイドル』9 分 7 秒付近
※3 ミリシタ、メインコミュ第 68 話『今も、まだ……』、プロローグより
※4 アーケード版アイドルマスターなど、初登場時は 16 歳、アイドルマスター2 以降の年齢は 17 歳である。
※5 アーケード版アイドルマスターなど、初登場時は 12 歳、アイドルマスター2 以降の年齢は 13 歳である。
※6 横山千佳、市原仁奈、龍崎薫、姫野かのんがそれぞれ 9 歳である。


1.制作側の視点から

まずは制作側の視点で空白期間を捉える。すなわち、「幼い頃に抱いたアイドルへの憧れ」という設定と、アーケード版アイドルマスターにおける天海春香の年齢が「16歳」という設定との齟齬である。本稿ではアイドルマスターが制作された際のヒントになったオーディション番組『ASAYAN』と、その番組内で結成されたアイドルグループの『モーニング娘。』に、この齟齬が生じた背景を求める。

『ASAYAN』は 1990 年代後半から 2000 年代初頭にかけて、テレビ東京系列で放送されていたオーディション番組である。そして、女性アイドルグループの『モーニング娘。』はその番組内の企画を契機として誕生したユニットだ。1997 年に番組内で開催されたアイドルオーディションにおいて、最終選考で落選した 5 人でユニットを作り、つんく♂7プロデュースによってメジャーデビューさせるという企画に端を発している。

この番組で演出された「オーディション」そして「アイドルデビュー」という流れは、アイドルマスターのコンセプトを作るうえで参考にされたと、当時のアイドルマスター総合ディレクター・石原章弘が言及している※8。それを踏まえたうえで、アイドルマスターが制作された当時の『モーニング娘。』メンバーの年齢、及びアーケード版アイドルマスターに登場したアイドルの年齢を確認する(図:アイドル年齢表)。


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(図:アイドル年齢表)

なお、『モーニング娘。』のメンバー構成及びその年齢については 2002 年 5 月 1 日を基準とした。これは、ゲームのコンセプトが「アイドル」に決定し、窪岡俊之※9へキャラクターデザインを依頼したうえで設定が固まった時期について「2002 年 5 月ぐらい」であると石原章弘が言及しているためである※10。

※7 つんく♂:ミュージシャン、アイドルプロデューサー。『モーニング娘。』をはじめ『ハロー!プロジェクト』の総合プロデュースを務めている。
※8 プラチナアルバム、P.66
※9 窪岡俊之:キャラクターデザイナー。現在でも 765PROALLSTARS のメンバーが登場する作品には必ずクレジットされている。
※10 マスターブック、P.100

(図:アイドル年齢表)のように、2002 年 5 月 1 日時点の『モーニング娘。』には 13 人のメンバーがおり、平均年齢は約 16.5 歳である。また、アーケード版のアイドルマスターには 9 人(10 人)のアイドルが登場するが、平均年齢は約 15.6 歳である。

窪岡俊之によると、天海春香はキャラクター付けの時点で既に中心的人物として位置付けられていた※11。そのため、年齢においてもアイドルの中心になる設定がなされた結果、16 歳という年齢になったのではないだろうか。16 歳という年齢がまず決まり、その年齢の女の子が持ちうるお菓子作りやカラオケ、長電話といった趣味、特技という設定に派生し、それと同時に、中心的人物に据えるがゆえにアイドルへの憧れというシナリオ上のバックボーンが備わったと考えられる。

※11 プラチナアルバム、P.74


なお余談であるが、最年少である新垣里沙が当時 13 歳、最年長の保田圭が当時 21 歳である。それぞれアイドルマスターにおける双海亜美の 12 歳、三浦あずさの 20 歳という設定に近いことから、キャラクターを考えるうえで『モーニング娘。』、そしてそのメンバーの年齢分布を参考にした可能性は非常に高いのではないか。


2.彼女自身の境遇から

1.において、「16 歳」という年齢が先に決まったがゆえに、アイドルへ憧れたタイミングと現年齢とに空白期間が生じた可能性を述べた。続いて、春香自身に着目することよって、空白期間が生まれた経緯を考える。なお、現実・アイドルマスターの世界を問わずアイドル事務所に入社する方法としてはオーディション・スカウト・転職などが考えられるが、ここでは『プラチナアルバム』に準拠※12し、天海春香は 765 プロのアイドル候補生オーディションに志願し、合格したためにアイドルになれたと想定する。その想定のうえで、A 案及び B 案を検討する。

A 案:両親の反対
まず想定されるのは、両親から反対を受けたことにより、アイドルのオーディションをなかなか受けさせてもらえなかったという可能性である。天海春香は 1 人娘※13であり、かつ田舎者※14でもある。アイドルマスターの世界においては幼いアイドルも存在するとはいえ、小、中学生のうちからアイドルデビューを果たしたいと両親に打ち明けても、様々な理由で拒否されてしまう可能性は高いように思える。

しかしながら、各作品の描写※15において春香と彼女の両親との関係は極めて良好そうである。アイドルになる夢を閉ざしたのが両親であり、その両親の反対を押し切ってアイドルになっているのであれば、関係性が悪くなっていたり、疎遠になってしまったりしていなければ不自然である。また株式会社テアトルアカデミーの調査※16によると、子供から芸能人になりたいと言われた場合、57.4%の親は応援する傾向にある。この 2点を考慮すると、彼女の両親が反対したがゆえに空白期間が生じたという可能性は比較的低いのではないか。

※12 プラチナアルバム、P.8
※13 家族構成は父、母、祖母(田舎暮らし)である。プラチナアルバム、P.8
※14 プラチナアルバム、P.74
※15 例えば、「お休みの日にはお母さんと一緒に買い物に行ったりしている。」という記述が存在する。プラチナアルバム、P9
※16 『子供が芸能人になりたいと言ったら、過半数の親は背中を押す。40 周年を迎えるテアトルアカデミーが 3 歳〜23 歳を対象にモデルグランプリを実施』、PR タイムス、2020 年 9 月 25 日閲覧、
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000055259.html

B 案:オーディションに挑戦していたが落選続きだった

もう1つの可能性は、受けられるオーディションや入社可能なアイドル事務所がなく、765 プロがオーディションを開催したタイミングでようやくアイドルになれたという可能性である。天海春香はいわゆる平凡・普通の女の子であり、如月千早や菊地真、星井美希といったアイドルに代表されるような、高い歌唱能力やダンス能力、派手なルックスといった分かりやすい強みがない。そのため、小学生や中学生のころからアイドルのオーディションに挑戦していたとしても、事務所側が天海春香の才能や適性を見抜けず、落選してしまっていた可能性が高い。この案については、彼女が765 プロに入るまでに他の事務所のオーディションを志望していたという描写がない以上、想像にすぎない。しかしながら、想像するにあたって材料となる要素が 2 つ存在する。

①『モーニング娘。』はオーディション落選者によるユニットであること
最初に述べたように、アイドルマスターのキャラクターを作るうえで『モーニング娘。』が影響した可能性は高い。そして、『モーニング娘。』はアイドルオーディションの最終選考落選者によるユニットとして生まれている。以上を踏まえれば、アイドルマスターの中心的な存在たる天海春香もオーディションに落選しがちな者であり、それをつんく♂ならぬプロデューサーが見出したというストーリーには筋が通っている
ように思える。


②「アイドルへの強い憧れ」
「アイドルになりたいって思った憧れを忘れなければ、いつか絶対出来るようになるって思うんだ」※17
このセリフは、劇場版アイドルマスターにおいて、ダンスがうまく踊れないと吐露した矢吹可奈に対して天海春香が語った言葉である。
このセリフ自体は、うまくダンスをこなすことに対して述べられているものではあるが、これをアイドルとしてスタートラインに立つことそれ自体として再定義をするとどうなるか。オーディションに落ちてスタートラインに立てなかった日々でも、「アイドルになりたいって思った憧れを忘れな」かった天海春香は、高校生になってようやくアイドル事務所に入ることができた。アイドルへの強い憧れを持つ彼女が、アイドルになる過程で得た信念として捉えることができる。
以上の 2 点を考慮すると、天海春香がすぐアイドルにならなかった理由として「オーディションに挑んでいたが落選続きであった」という案は検討の余地があるのではないか。

※17 ムビマス、37 分付近。



3.おわりに

なぜ天海春香は幼少期にアイドルを志していたにも関わらず、すぐアイドルにならなかったのだろうか。その理由を、制作側の視点では「16 歳という年齢」の必要性に、春香自身の境遇という観点では「オーディションに挑んでいたが落選続きであった」という可能性にそれぞれ求めた。
いずれにせよ、現時点で明確な答えを得られない問いであるし、本稿でも仮定や可能性という但し書きのついた論拠となっている。
しかしながら、彼女がアイドルになるまでの空白期間を問うことは、ひいては彼女自身の核を問うことでもあり、この問いこそ、「なぜ彼女はリボンをつけているのか」に匹敵する天海春香の大争点であることには間違いない。そのため、読者の方々による再検討・検証・新説を期待して筆を置くこととする。

引用文献
・書籍
プラチナアルバム:
『アイドルマスター プラチナアルバム』、エンターブレイン、2005 年
マスターブック:
『アイドルマスター マスターブック』、ゲーマガ編集部、2008 年
・ゲーム
ミリシタ:
『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』
・CD
Eternal Prism01:
『THE IDOLM@STER Eternal Prism01』、フロンティアワークス、2008 年
・映画
ムビマス:
『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』、アニプレックス、2014 年


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